第6話:王都警備隊

「かーちゃん、俺ちょっと出かけてくる」


 一旦家に戻り、しばらく留守にする事だけ告げる。

 

「はいよ」


 かーちゃんは台所でトントントンと何かを料理中だ。

 俺は着替えをいくつかマジックバッグに放り込み、再び外に出る。

 

「じゃあ行ってきます。――あ、そうだ。奥さんがケーキありがとうって」


「そうかい」


 ぶっきらぼうながら嬉しさの滲む声。

 口角の上がった母さんの横顔を見て、扉を閉めた。




 さて。

 魔物が進軍してきたのは森を通る街道だ。

 あそこで待ち伏せをしよう。


 高台にある村から出て急勾配を下り、平地を歩く。

 平地に下りると街道には旅人や行商人らしき馬車の隊列がちらほらと見えた。

 

 ――意外と人の行き来があるな。

 いや昼間だしね、しかも王都に近い地域の街道なんだから当然といえば当然だ。

 となると、5年前には気付かなかったけど……被害に遭ったのは王都の住人だけじゃなくて周囲を歩いていた人達にもいたんだろうな。

 よし、夜になるにはまだ時間があるし、その間に人払いしておくか。


(人払いですか。具体的にはどうするのですか? エリアル殿)


(コレを使う)


 そう言っておもむろにマジックバッグから取り出したるは、王都警備隊の制服だ。

 なぜこんなモノを持っているのかというとだね。かつてそこ出身の仲間がいたんだよ。

 もっとも、共に行動したのは最初の頃だけですぐに死んでしまったけどな。

 名はポール。職務に対して非常に真面目な良い奴だった。

 ついでにやや潔癖気味で、身軽な方が良いという周囲の助言を聞かずに替えの制服を何着も持ち歩いていた。

 これはその中の一つ。アイツの遺品という訳だ。(今は生きてるだろうが)

 勝手に使わせてもらう事になるが、アイツは警備の仕事に誇りを持っていたからな。人を守るために使うなら許してくれるだろう。


(なるほどぉ~。警備隊のふりをして森から人を追い出すという算段でござるか。ナイスアイデアです、エリアル殿。……ムッ、あそこにテントを張って休憩しているカップルが!)

 

「ピピィィーッ!!! おいそこの旅人! そこで何をしている!」


 笛を鳴らしながら近付くと中年の男女が着衣の乱れを直しながら慌ててテントから出て来た。


「お、王都警備隊!?」


「なんでこんな郊外の森の中に……」


 不審がられているが、こういうのは勢いが大事だ。

 大丈夫、ちゃんと言い訳も考えてある。

 

「え~、オホン。実は王都で指名手配ランクSの超凶悪犯が目撃されてな。この森に潜伏しているようだとタレコミがあった。君達は怪しい者を見ていないか?」


「ち、超凶悪犯!?」


 男女は顔を見合わせ、さぁーっと顔の色を青くしていく。


「み、見てねぇよそんなの! マジか、帰らねぇと」


「えぇーっ!? 来たばっかなのにもう帰るのぉ!? アンタ凶悪犯くらいやっつけてよぉ。いっつも“俺は強いんだ”って自慢してるじゃない。指名手配なら捕まえたら賞金がもらえるかもしれないよぉ」


「うるせえ! ランクSの手配犯って言やぁそこらのチンピラとは訳が違うんだ! 一人で町をひとつ壊滅させるような奴がランクSなんだぞ! 殺されねぇうちに帰る!」


「えー。せっかくダンナの目をかいくぐってデートに出てきたのにぃー」


 どうやら女の方は既婚者らしい。

 中年女は不満そうな顔でテントをたたむ男の腕にまとわりついた。

 

(エリアル殿……このお二人は巻き込まれても良いのではないでしょうか……。拙者、NTRは地雷でござる)


 NTR……?


(まぁそう言うな。バレて報いを受けるのも命あってこそだ)


(甘いでござる! エリアル殿は甘いでござるうぅ!)


 繋いでいたロバに荷物を載せそそくさと森を後にする不倫カップルを見送った。

 その後は森全体に『索敵』スキルを張り巡らせて、さっきと同じような口上を用い森の中にいる人達を追い払う。

 そうこうしているうちに日は傾き、森から人がいなくなった頃。

 例の“異様な気配”がやってきた。

 

「――来たか」


 森の奥に目をやり、大勢が立てる足音に耳を澄ませる。

 あの時と同じ――でも今の方がより正確に感じ取れる。

 なるほど。森の奥に召喚の魔法陣があるようだ。大量の魔物を送り込むための魔法陣。前もって準備していたか。

 

 魔法陣は魔力を通すまで存在を察知する事はできないので、俺の索敵魔法にも引っかからなかった。が、今なら位置が分かる。壊しに行ける。

 

(来たでござるな。……ときにエリアル殿)


(なんだ)


(今の我々、ドチャクソかっこよくありませぬか?)


(…………そうか?)


 よく分からん。

 というか、今はそれどころじゃない。

 5年前。事前に察知していながら何も出来なかった事件を今回は食い止められるのだ。

 血が騒がずにいられようか。


 腰から王都警備隊のサーベルを引き抜く。

 死んだ仲間――王都警備隊出身のポールは死ぬ間際まで王都を守れなかった事を悔やんでいた。

 今、俺が! アイツの剣で! 仇を討ってやろうじゃないか!


 こっちに向かってくる群れに向かって森を駆ける。

 ――と、その時、俺の広範囲索敵レーダー魔法に人の気配が引っかかった。

 王都方面から森に入ってきた奴がいる。しかも複数。

 馬に乗っているようで、街道をぐんぐん進みこっちに近付いてくる。


「クソッ! なんでこんな時に!」

 

(エリアル殿、もうモブを相手にしている暇は無いでござる! 引き返して追い払うより、魔法陣を破壊した方が早いでござるよ!)


(そうだな!)


 ザザザザザと森をかき分け魔法陣へと向かい、走る。

 すると背後からピピーッと笛を鳴らされた。


「見つけたぞ! 貴様か! 森で王都警備隊を騙って有りもしない風説を流し住民の不安を煽る不審者は!」


「げっ! 本物!?」


 本物の王都警備隊がやってきた!

 

 もしや、ポールお前……そこにいるのか?

 

(エリアル殿、足を止めてはなりませぬ! 魔物の群れはもう目の前ですぞ!)


(分かってる!)


「仕方なかったんだ! 許してくれよー!」


 走りながら叫ぶと王都警備隊は馬から降り、森の獣道に入って追いかけてきた。

 

「何を意味の分からん事を! 逃げるな! 止まれ止まれー! ――って、うわ本当に止まれ! 魔物だ!!」


 とうとう魔物の群れと衝突した。

 もうかなりの数が送り込まれてきているようで、森の奥まで魔物でいっぱいだ。


「な、なんという数だ……。誰か、王都に応援を要請しに行け。すぐにだ!」


「は、はい!」

 

 大丈夫、問題ない。

 腰を落とし、サーベルを構える。


「ムッ? あれはアイゼン様と同じ構え――」


 背後から懐かしい声がする。

 やっぱりか。ポール。

 また会えて嬉しいよ。

 俺はサーベルに魔力を込め、振り抜く。

 

『範囲攻撃・五月雨』


 サーベルから放たれた魔力の斬撃が、前方にいる魔物の群れを同時に斬り裂いた。


 

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