2周目勇者のRTA記

@panmimi60en

第1話:最後の日

 

 明け方、エリアル様――と呼ばれた気がして、俺は目を覚ました。

 目を開けると空には満天の星空が広がっている。5年もの苦しい旅の果てに魔王を倒した日の夜。まるで今の俺達を祝福してくれているかのようだと思う。


(ふわぁ~。……おや、エリアル殿、起きられましたか)


 心の中から語り掛けてくる奴がいる。

 こいつはタナカ・カズオと名乗り、自分の事を『転生者』と言っている変な奴だ。

 生まれた時から俺の中にいるので、もう23年の付き合いになる。

 ご覧の通り仰々しい言葉遣いをする奴で、きっと前世では偉い騎士とかそんな感じだったんだと思う。


(ファッ!? んほぉ~! ルビー姫の寝顔ぉぉ!! エリアル殿、もっと近う寄って下され!)


 うるせぇな……。

 そう思いながらもカズオの言う通り、隣で眠るルビー姫へと静かに近付いてみる。

 別にカズオの言う事なんて聞かなくてもいいんだけどな。色々世話になったから、このくらいはいいかという気持ちだ。

 ルビー姫には獣族の血が入っていてネコ科の耳とシッポが生えている。なので気配には非常に敏感なはずなんだが、疲れているようで眠りが深く、ピクッと耳を動かしただけで目は全く覚まさなかった。


(はぁ……はぁ……。ネコミミ……ネコミミ尊い……。エリアル殿、ちょっとモフって下さいませぬか?)


(嫌だよ)

 

(そこを何とか! この通りでござる! 土下座……なんなら五体投地でもしましょうか!)


(やめろ! カズオが土下座するって事は俺が土下座するって事なんだぞ!)

 

 カズオは普段、俺の中にいるだけで体を動かすなんて事は滅多にないのだが、俺の中に概念として存在していない行動――例えばそう、土下座ってやつとかに限っては突然繰り出してくる事がある。

 他にも二本の細い棒切れを使って器用に飯を食ったりとか。とにかく、俺が意識すらできない行動に関しては干渉してくる事が稀にあるのだ。

 怖いが、俺がはっきりと意思を持っている時は普通に俺が主体なので大きな問題は起こしていない。俺が眠っている時はカズオも眠っているしな。

 

 転生者を名乗るカズオと俺。

 意識が二つある状態。ちなみに痛覚や味覚なんかも共有している。

 

 長年の付き合いでなんとなく分かるのだが、俺は生まれる前、おそらく融合するはずだったカズオの魂を拒絶してしまったのだ。

 だって薄っすら覚えている。まだ意識だけの存在だった頃、カズオの声で(ほぅ……。拙者、ショタとひとつになるのでござるかぁ。フヒッ)と言うのが聞こえたのを。

 本能で拒否してしまったのだが、その後はもう融合するという事はなく、ただ常に心の中にもう一人いる状態が続いている。

 主体は俺。

 だから、そう。問題ない。

 多少気持ち悪いだけで根はいい奴だしな。カズオ。

 

(くんかくんか。ああ、良い匂いでござる……おや? エリアル殿、ドキドキしてますな? それがしもですぞ……。ささ、今度こそです。やっちまいましょうや)

 

 こいつ本当に偉い騎士だったのかな……。

 たまに疑問に思うが、俺が必死に戦ってる時(ふははは! 我こそは黒騎士・カズオなりィ!)とか叫び出すのでやっぱり騎士だったんだと思う。

 まぁ、他にも大魔導士とか片翼の天使とか色々バリエーションがあるのでどれが本当か分からないのだが。


(やっちまおうって、何をだよ。カズオ)


(そんなの決まってるじゃありませぬか。ぶちゅ~! っと寝起きのチ、チ、チッスを! ……あら嫌だわ、そ、それがしったらはしたない言葉を……恥ずかしいでござる……)


 こいつ本当に気持ち悪いな……。

 

 戦っている時でも美人が目の前にいる時でも、カズオはずっとこんな調子だ。

 なので歴代最強の勇者と呼ばれるようになった今でも俺はDTのまま。

 だって美人と少しでもいい感じになろうものならカズオが興奮して大騒ぎするからさ。

 滾る血も冷めるし情欲の炎だってスッと消えようというものだ。


(……チッスなんかするかよ。この子は姫だぞ、姫。下手な事したら処刑されても文句なんて言えないんだ)


(ふーむ。良いと思うのですがなぁ……。彼女も眠る前におっしゃっていたでござろう。“貴方が好きです”と。何より、エリアル殿は彼女の命を救ったのですからそのくらいは許されてしかるべきかと)


 カズオの言う通り、俺は王国の姫――ルビーを囚われていた魔王城から助け出した。

 ついでに魔王も倒した。

 

 はっきり言おう。命がけだった。

 旅に出てからこの五年間、本当に色んな事があった。

 何度も死にかけたし実際仲間は次々と死んでいった。

 生き残った元仲間は僅かながら他にもいるが、死が隣り合わせの日々に耐えられずに俺から離れ、故郷へと帰って行った。

 結局旅を続けたのは俺とカズオ(身体はひとつなのだが)だけ。

 何度も心が折れたしなんなら『なんで俺こんな事やってるんだっけ……?』と自分の生きざまに疑問を感じた事もある。

 その度になんだかんだ立ち直らせてくれたのは他ならぬカズオだった。

 

 ドン底までメンタルが落ちた事がある人ならきっと分かってくれると思うが、本来なら有難いはずの他人の励ましがどうしても心に響かない時というのはある。

 そんな時でもカズオの言葉はスッと俺の中に浸透し、立ち上がる力となった。

 辛い事も楽しい事も全て共にしてきた、これ以上なく感覚を共有している奴が常にいる――孤独を感じようがないこの環境。

 女の人とイチャつく事はできないが、結果的に良かったのだと思う。カズオがいて良かった。

 たくさんの仲間を亡くしたのは悔やむところだが、カズオみたいな奴がいるんだ。きっと皆もどこかに転生して、幸せにやっているんだろう。


「う~ん……。むにゃ……エリアル様……。近くにおりますか……?」


 ルビーが起きた。

 寝ぼけ眼で手を伸ばし、俺の腕をきゅっと掴んでくる。


「いるよ」


 可愛いな……。

 今年17歳になるというルビー姫は猫の性質を持つせいか甘え上手だし顔も可愛い。

 さすがに心がグラつくが、さっきからカズオが(ふぉおおお!! 千載一遇のチャンスウウウゥゥ! いーけ! いーけ!)とうるさい。

 

「……もうすぐ夜が明けるから、今の内に寝ておきなさい」


 俺がそう言うと、ルビーは安心したような笑みを浮かべて「はい」と頷き、目を閉じた。

 このお姫様は俺が旅立つきっかけとなった魔物王宮襲撃事件から苦難の連続な人生だった。故郷に帰った後も彼女の苦労は続くだろう。

 今のうちくらいゆっくり休ませてやりたいじゃないか。


(あーあ……。エリアル殿は奥手すぎます……。こんな据え膳を食わぬなど、武士の恥晒しですぞ)


(なんとでも言え)


 女の子の弱みに付け込んでるみたいで嫌だし、それに俺には故郷の村に残してきた幼馴染(双子)がいる。

 別に付き合ってたとかじゃないが、幼い頃『わたち達のどっちかがおとなになっても恋人がいなかったら、エリアルがケッコンしてね』と言われたんだ。

 もしアイツらのどっちかが本当に一人だったら、責任を取らなきゃいけないだろ。

 

 白み始めた空を仰ぎながら故郷の幼馴染を思う。

 双子と最後に会ったのは――そんなに前じゃないな。半年くらい前だ。

 世界中を旅するうちに色んな道具を手に入れて、その中には空飛ぶ絨毯など伝説級のアイテムもあって。飛竜を手懐ける笛なんかもあるし、それらを全てしまい込めるマジックバッグなるものまである。この小さな革袋の中には一点ものの宝がたくさんだ。

 と、まぁ、そんな理由で世界を一周するのにそこまで時間がかからなくなった。そのおかげで、旅の途中で故郷に立ち寄る事もちょいちょいあった。

 俺と同じく23歳になった二人は幼い頃の面影を残しながらも大変な美人に育っていて、あちこちからお見合いが殺到して大変だと言って笑っていた。

 

 あれから半年。もういい年だし、さすがに結婚したかもしれないがそれならそれで構わない。

 2人が幸せならOKです。

 幸いな事に今の俺はモテモテだし、その気にさえなれば結婚相手くらいすぐにでも……。


(おや。朝焼けが美しいでござるな。見て下され、エリアル殿)


(ああ、本当だ)


 カズオの言葉に地平線を見ると、光り輝く放射線が雲を照らし紺碧の夜空を白く染め上げていた。


(綺麗だな)


(朝焼けとは何度見ても良いものですな……。ささ、エリアル殿。据え膳を食わぬの決めたのなら我々も少し眠っておくべきですぞ。今日は姫を王国に送り届けなければならないのですから)


(そうだな)


(勇者の称号を得た者としての最後のミッションでござる。抜かりなく行きましょうぞ)


(……そうだな)


 最後のミッションか。

 旅の終わり。

 少し、寂しいな。


 そう思いながら目を閉じ、眠りについた。

 ――はずだった。


 

「はっ!?」


 俺はやたら寝心地の良いベッドの上で跳び起きた。

 野営していたはずじゃ……!?

 隣にいたはずのルビー姫もいない。

 な、何が起きた……!?


 周囲を見回すと、そこは非常に懐かしい場所だった。

 

(お、俺の部屋かここ!?)


 故郷の村の俺の家、俺の部屋、俺のベッド。

 俺はいつの間にか帰ってきて、家でグーグー寝ていたようだ。


(ふわぁ~。良い目覚めですな、エリアル殿……ってどわああぁぁ!! ここは懐かしの我が家ではありませぬか! い、いつの間に帰宅を……?)


 カズオも起きてきてびっくりしている。

 良かった。この状況に困惑してるのが俺だけじゃなくて。


(ルビー姫!? ルビにゃんはどこに?)


(落ち着けカズオ。……あれだ、こういう状況の事、なんて言うんだっけ)


(狐につままれたようでござる)


(そう、それ)


 カズオはよく謎の慣用句だか言い回しをする。

 しかしなんとなく意味は分かる。狐ってのはおそらく黄狐という魔物の事だ。

 非常に強いが気まぐれで人を守ったりもする、いたずら好きで変わった魔物。幻惑魔法が上手い。それを言っているのだろう。

 しかし……幻惑魔法なら今の鍛えすぎた俺には無効なのだ。

 魔王の幻覚すら打ち破ったんだぞ。幻で家に帰った気になっているなんてあり得ない。


「エリアル! 起きたのかい? ならさっさとベッドから出て顔洗って畑に行きな!」


「かーちゃん……」


 無遠慮に扉を開けてかーちゃんが部屋にずかずか入って来た。

 せっかちな動きで床に散らばった洗濯物を籠に入れる様子は、まるで昔のかーちゃんの姿そのまま。

 勇者と呼ばれるようになってからは、たまに帰っても畑を耕せなんて言わなくなっていたのに。

 

(……おや? 母上が拾っているあの服は――。エリアル殿、ちょっと立ってみて下され)


(なんだよ)


 混乱収まらぬ中、カズオが言う事に従ってベッドから降りる。

 

(や、やはり……! エリアル殿、大変でござる!)


(どういう事?)


(あそこの棚が以前立ち寄った時と比較して高くなってます! 母上が拾っていた服も以前サイズアウトしたもの――つまり、エリアル殿の背が縮んでいるのでござるよ!)


(は!? ……あぁ、本当だ! でもなんで)


(幻では無い――となれば、答えは一つ! 時が戻ったのではなかろうか! とそれがしは推察します!)


 なんだって!?



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