覚醒した日4
「タナカ先輩……」
「テメェ!」
タナカはマサキの顔を見るなり殴りつけた。
予想はしていたけど反応ができなくて殴られて後ろに倒れる。
タナカは他の人に見られるとヤバいからとすぐさま中に入って鍵を閉める。
「何一方的に止めるっつって電話無視してんだよ!」
頬に広がるヒリヒリとした痛みを感じてやはり夢ではないのだなと改めて思う。
痛みによって慌ただしく考え事に没頭していた頭の中が冷静になって時間が戻ったのだと冷たく実感する。
「聞いてんのか!」
タナカはマサキの髪を掴んで顔を上げさせる。
感情の無い目でマサキはタナカの目を見返す。
回帰前の覚醒する前にはこのタナカが怖くて仕方がなかった。
口が悪くてすぐに暴力を振るい、何かあればヤバい人との繋がりを匂わせてくる。
金がなくてヤバいアルバイトに足を踏み入れてしまったマサキを逃すまいとタナカは恐怖でマサキを縛り付けていた。
大学の先輩だったので先輩と呼んでいるがもうタナカは退学したので実際は先輩でもない。
回帰前で覚醒した後でも勇気が出なくてタナカとの関係を断ち切れなかった。
タナカがゲート事故に巻き込まれて亡くならなかったらずっと奴隷のようにされていたかもしれない。
けれど今は違う。
「バイト辞めさせてもらうんで。もう2度と連絡してこないでください」
マサキはあくまでも冷静に答える。
その冷静さに気味の悪さを感じたタナカはカッと頭に血が上る。
「なんだその態度! 舐めてんのか!」
手を振り上げてマサキの頬を殴りつける。
「勝手に辞めるなんてこと許されてねぇんだよ! 辞めてぇだ? なら100万持ってこい。そしたら辞めさせてやるよ!」
タナカは床に倒れているマサキの腹を蹴り飛ばす。
「三度……」
「あっ?」
「仏の顔も三度までっていうよな」
倒れたままのマサキは考えた。
どうにも体の動きが鈍い。
それもそうだとすぐに気づいた。
今日は覚醒した日であるけれど覚醒した時間は夜だった。
つまりマサキはまだ覚醒していなかったのである。
覚醒者が一般人に手を出すことは重罪だ。
「だけど俺はまだ覚醒者じゃない……」
「何ぶつくさ言ってんだよ!」
「三回我慢したので」
再びマサキの髪を掴んでタナカはマサキを起き上がらせようとする。
マサキは手を伸ばして髪を掴むタナカの中指を握る。
「何を……」
「仏だって三回以上やられると怒るんですよ」
マサキはそのままタナカの中指を逆に曲げた。
鈍い音がしてタナカの中指が本来曲がらない方に曲がって戻らなくなる。
「うわあああっ! て、テメェ!」
予想だにしなかった反撃を受けて田中が激痛に悲鳴をあげる。
見たこともない方に折れ曲がった中指からマサキに視線を戻したタナカの目に映ったのは膝だった。
マサキは跳び上がりタナカの頭を掴みながら膝を顔に入れる。
タナカの鼻が潰れて視界にチカチカと火花が散ったように見えた。
今度はタナカが尻もちをついて床に倒れる番になった。
「グッ……テメェ……俺には……」
「うるせぇ」
マサキはタナカの胸ぐらを掴む。
手を振り上げて頬をビンタする。
一回……二回……三回。
ビンタの乾いた音が部屋に響き渡り、ビンタの間に何かを言おうとしていたタナカも段々と静かになる。
「ゆ、ゆるひてくれ……」
気づけばタナカは片方の頬がパンパンに腫れてひどい顔になっている。
「バイトは辞める。二度と連絡してくるな」
「わ、分かった……も、もう連絡ひない」
回帰前には激しい戦いの時代を乗り越えてきたマサキである。
たとえ覚醒していなくてもただのヤンキーには負けはしない。
「今まで俺を搾取してきた分はくれてやる。俺の前にその面出すんじゃねえぞ」
なんてことはない。
威張り散らして虚勢を張っていただけで一皮剥いてみれば怖くともなんともない相手だった。
これからはマサキも覚醒する。
そうなると覚醒者の中で弱くても一般人とは比べ物にならない強さとなる。
復讐したくてもタナカにできることなんてなくなる。
散々頬を叩いて少しスッキリしたマサキはタナカの胸ぐらから手を離す。
「生きて帰してやるという考えが変わらないうちにさっさと行け」
「ひ、ひいぃ!」
マサキが手を離してやるとタナカは情けない声を出して玄関のドアに向かう。
愚かにも自分で鍵を閉めたことを忘れてガチャガチャとドアノブを下ろす。
鍵を閉めたことを思い出してようやく鍵を開けるとマサキの部屋から転がるようにして飛び出して出ていった。
「ちゃんと閉めてけよ……」
どうせ部屋を出るつもりだった。
マサキは開け放たれたドアから部屋を出ると静かにドアを閉めて鍵も閉める。
盗まれて困るものなんてないしこんなボロアパートに盗みに入る馬鹿がいるとは思えないが、出来る防犯は行っておく。
「武蔵原女子大……」
マサキはスマホの地図アプリで武蔵原女子大の場所を調べる。
先に調べときゃよかったのに家を出るのが先になってしまった。
意外と歩きでも行けそうな距離だった。
今日は5月にしては暖かく、外を歩いていても気持ちがいい。
このまま歩いていても気分が良さそうだ。
死ぬ寸前の世界は戦いと魔力によって荒廃していた。
植物もなく常に空気に舞い上がる土埃が混じっているような感じで、空はうっすらとかすみがかかっていた。
「眩しいな……だが悪くない」
太陽はこんなに眩しかったのかと思いながら日に当たる暖かさを堪能する。
今度はこんな世界を失いたくない。
自分に注目してくれなかった神様への恨み言は尽きないけれど神様の助けを借りずして世界は救えない。
神様のお気に入りを集めたゲート攻略チームを作ってマサキはそれを配信する。
あとは神様とお気に入りたち次第になるけど少なくとも全滅した回帰前よりは良くなるはずだ。
「まあでも俺にも少しぐらいは恩恵くれないかな」
神様のために配信はしてやる。
けれどちょっとぐらいは自分にも何かあればなとマサキは思ったのだった。
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