人類とタマが終わった時2

 マサキと竜人族の男は激しく剣をぶつけて切り合う。

 竜人族に細かな傷が増えていくが、致命傷になりそうな攻撃はしっかり防がれる。


 命まで賭けているのに竜人族の男を圧倒しきれない。


「うおおおおっ!」


 マサキは竜人族の男に切りかかり、竜人族の男が剣を防ぐ。

 手に力を込めて鍔迫り合いを演じたところでマサキは空いた手にインベントリからさらに武器を取り出す。


 大きなハンマーが急に現れて竜人族は反応しきれず横殴りにされてぶっ飛ぶ。


「ふー! ふー!」


 マサキは全身が燃えるような熱さを感じていた。

 まるで内臓が全て溶けてドロドロに混ざり合っているかのようで強い戦意だけが今のマサキを支えていた。


「ふふふ……所詮は一時的な付け焼き刃」


 乾いた地面に激突してひどく土埃を舞い上げた竜人族の男は埃を払いながら立ち上がった。

 速いし力も強い。


 竜人族の男よりも上回っているがそれだけだ。

 単純な身体能力以外のものが追いついていない。


 その体を使う能力が足りていないのだ。

 技術も未熟で能力の高さに任せて剣を振り回しているにすぎない。


 能力だけが少し上回っていても倒される気はしないと竜人族の男は思った。


「殺してやる!」


 マサキは真っ直ぐに竜人族に向かった。

 剣を振り下ろすけれど竜人族の男はマサキの攻撃をかわす。

 

 剣を振り回してみても竜人族の男は攻撃を軽々とかわしてしまう。

 竜人族の男よりも速いはずなのにマサキの剣は当たらない。

 

 もはや竜人族の男に傷すらつけられなくなった。


「あとあなたの命は何分だ? 1分、2分? もう限界も近いだろうな」


 気づいたら将暉は涙を流していた。

 ただの涙ではなく真っ赤に染まる血の涙だ。


「……俺にも、自分で得た力がある!」


「うっ!」


 マサキはスキルを発動させた。

 その瞬間竜人族の男の体が動かなくなる。


 瞬間拘束というスキルがマサキの唯一持っているスキルだった。

 しかしこのスキルはなかなか難しいスキルなのにそんなに強くもなく、かといって弱くもない微妙なスキルだった。


 どんな相手でもわずかな時間拘束しておける。

 相手によるけど将暉よりも格上の相手なら1秒にも満たないほんの一瞬しか効果を発揮できないようなスキルである。


 正直マサキ単体ではこのスキルを活かすことができない。

 だが強者と共に戦う時はこのスキルの効果は最大限に発揮される。


 どんな相手でも一瞬の隙を必ず作り出すことができる効果は上級者の戦いほど重要になるのだ。

 隙ができると分かっているのなら最大火力で攻撃を叩き込めばいい。


 こうして将暉は他の人に守られて相手の隙を作り出す仕事のために生かされてきた。

 

「うおおおおっ!」


 竜人族の男の体が動かなくなった隙をついて攻撃する。

 届けと願った剣だった。


「もっとコンパクトに振らねば」


 けれども竜人族が格上すぎた。

 想定していたよりも拘束がさらに一瞬早く解けた。


 剣が届くまでのわずかな時間があれば竜人族の男には十分だった。

 竜人族の男の全身に魔力がほとばしる。


 マサキをさらに上回る速度で竜人族の男は動いて剣を振るった。

 振り切ったマサキの右腕は切り裂かれて剣ごと飛んでいった。


「フッ……」

 

 体が動かなくなって竜人族の男も流石に焦った。

 だが勝ったのだと思って口の端を上げた。


「瞬間拘束」


 しかしマサキの目はまだ死んでいなかった。

 本来ならクールタイムがあるスキルなのだが、今はどんな無理だってすることができる。


 再び体が動かなくなった竜人族の男の目に焦りが生まれる。

 魔力を爆発させるようにして瞬間的に拘束を解いて動いた反動で1回目よりわずかに拘束が長い。


 マサキは残った腕で持つハンマーを振り上げた。


「フゴッ!」


 相手が丈夫すぎて一撃で倒すのは無理だともう分かっていた。

 だから最後の足掻きを見せてやる。


 大きく下から振り上げたハンマーは見事に竜人族の男の股間に直撃した。


「絶対破壊……」


 強すぎるが故に3回までしか使うことができないハンマーの効果をマサキは発動させた。

 結局こんなことになるまで使い所を見極めきれずに1回だけ使用回数が残っていたものをここで使う。


「ははははははっ……」


 完全に潰れた。

 竜人族の男は股間を押さえて青い顔をして前屈みになる。


 マサキは笑う。


「完全破壊はどんなものでも破壊して、治すことを不可能にする。神だって治せない! ……お前の優秀な血とやらももう残せないんだよ!」


 馬鹿にした相手にしてやられた気分はどうだ。

 どんな顔をしている。


 そんな風に考えていたマサキの目はもう見えていなかった。

 命力丹の限界がマサキに訪れていた。


「き……貴様!」


「ゴフッ……」


 マサキの喉の奥から血が逆流してきて口から溢れ出す。

 熱く燃えていたような体の感覚が急激に冷えていき、力が入らなくなって手からハンマーが滑り落ちる。


「終わりだ……お前も、俺も、全部…………ぜんぶ!」


「この!」


 竜人族の男が怒りのままにマサキを殴り飛ばした。

 回転しながら飛んでいき地面を何度も跳ねるけど、もうなんの感覚もないマサキにはほんのわずかに感じられる光がチカチカとしているだけだった。


「クッ……あ、クソッ……」


 竜人族の男が股間から手を離すと血がついている。

 鈍い痛みに脂汗が止まらない。


 インベントリからポーションを取り出して股間に振りかけるが痛みは治らない。

 出血するような傷は治ったが肝心の中身が治らないのだ。


 マサキが絶対破壊の対象にしたのは股間の中身だった。

 絶対破壊によって破壊されたものはほんの一部の能力を除いて治すことはできず、最高品質のポーションであっても潰れたままになっていた。


「クソッ、クソッ、クソッ!」


 竜人族の男はポーションのビンを地面に投げつけた。

 マサキの息がまだあることに気づいている。


 だがもう放っておけば勝手に死ぬ。

 竜人族の男は勝利した。


 なのに竜人族の男は試合に勝って勝負に負けたような怒りを抱えていた。

 マサキの足掻きによって竜人族の未来も潰された。


 これから竜人族の王としてここに新たなる世界を作り出そうとしていたのに神にも治せない絶対破壊によって未来が破壊されてしまった。


「あんな……ゴミムシに! うそだ……ウソだ!」


 竜人族の男の苦しむ声もマサキには届いていない。

 だけどマサキは走馬灯のように仲間たちの顔を思い描き、最後の最後に俺はやったよと報告しながら目を閉じた。


「あああああああっ!」


 1人孤独に当たるものもない怒りを抱える竜人族の男が勝って人類は敗北した。


『ごめんなさい』


 マサキのスマホの画面に文字が現れた。

 配信に対するコメントである。


 18。

 画面の隅にある目のマークの横にある数字は現在の視聴者数を表している。


 マサキは気づいていなかった。

 周辺になんの施設もない。


 当然生きている人間も動いている機械もない。

 通信設備もない。


 マサキのスマホは一体どこに配信を始めたのか。

 現在見ている視聴者とは一体誰なのか。


 それを確かめる者もおらずマサキのスマホの電池は無くなって画面は暗くなった。

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