第19話
東京は薄くかかる春の霞に包まれ、風は静かに柳の枝を揺らす。あたかも都の息吹が一瞬、止まったかのごとき澄んだ朝であった。石畳の舗道には、霞がかかった月のようにかすかなる光が満ち、路地の奥、家々の軒先から漏れ出でる灯火の薄明かりが、かの情景に妖しき色を添えていた。
帝国の象徴たる皇居をはじめ、霞ヶ関の官庁、銀座の豪奢な店並みも、ただ静まりかえるばかりで、かつてここにあった秩序と威厳は消え去り、新たなる息吹の訪れを前に、じっと身を潜めるがごとき様相であった。天上に浮かびし朝日が街の片隅を照らす頃、木々の葉も光のもとにそっと微動し、その葉の隙間からさえ溢れる気高さは、都を新たなる未来へと導く祝福の声にも似て、ただただ沈黙の中に響いていた。
街角には、人々の顔が見え隠れする。男も女も、年老いた者も若き者も、皆一様に足早に、あるいは静かに集まり、耳を澄ましていた。その眼差しは熱く燃え、または恐れに震え、戸惑いと期待の狭間にあった。ここに、彼らがかつて目にしたことなき壮大なる変革の響きが、風にのりて漂っていたのである。
銀座の通りの片隅、旗を掲げし若者たちの声が、その静寂を破るかのごとく響いた。「革命、ついに成立せり!」と。声は次第に広がり、街路に集いたる人々の耳に届くにつれ、声が声を呼び、言葉が言葉を誘い、まるで都が一つの心となり、夢を現実へと変える瞬間に酔いしれているかのようであった。かの若者が掲げたるは、紅き旗。朝日に照らされてその赤はひときわ鮮やかに映え、革命の象徴としてその場に立つ者すべての眼に焼き付き、胸に熱き炎を燃え上がらせた。
人々の心に潜みし、長らく抑えられし想いが、この一瞬にして解放されたかのようであった。農民、労働者、学徒、そして道行く一介の市民まで、皆が今こそ等しく並び立ち、新しき時代の息吹を吸い込む。彼らは、旧き権威と威光が静かに崩れ去りしを悟り、己が手で築き上げし新たなる世を夢見る者の顔立ちをしていた。
東の空より差し込む陽光が、次第に白み始めし街を照らす中、都はゆるやかに目覚め、夜の帳は溶け去ってゆく。人々の立ち並ぶ東京の大通りには、花弁のごとき色とりどりの希望が、まるで一陣の春風に吹かれし花びらのごとく、降り注いでいた。その姿は、まさにかつてない美しき夢の如く、朝の空気に溶け入っていくのであった。
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