種を蒔く人々

伊酉ふみ

第1話

1917年の11月7日――即ち、ロシア革命の成功が伝わりし頃、東京にて密やかに集まりたる革命家たちの会合を描き申す。場は、神田の片隅に所在する片山潜の同志宅にて、幸徳秋水、片山潜、山川均、並びにロシアより派遣されしボルシェビキ党員なるアレクセイ・イヴァノフが相集い、時局と革命の未来について議論せり。以下、その一端を記す。



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一同、打坐し、暫く黙したるのち、幸徳秋水、口火を切りて言ふ。


幸徳秋水

「諸君、かのロシアにて遂に革命成りしと聞き及び、我が胸中も踊るを禁じ得ざるなり。長く帝政の束縛に喘ぎしロシア人民、如何にしてその枷を打ち破り、民衆の国家を建設せしや、イヴァノフ殿より詳らかにお聞かせ願いたく存ずる。」


アレクセイ・イヴァノフ、浅く頷き、重々しく口を開く。


アレクセイ・イヴァノフ

「幸徳殿のご所望、誠に光栄至極。此度の革命、わが同志レーニン並びにトロツキーの指導により、長き抑圧に喘ぎし我がロシアの民は武装し、臆せず立ち上がりたり。然り、これは『プロレタリアートの独裁』を掲ぐる一大戦争に他ならぬ。貴国に於いても同様の貧富の差と、民衆の不満、確かに顕れたるは今こそ、革命を以てこの国を変革する機を迎えたり。」


片山潜、目を輝かし、重々しく言葉を紡ぎぬ。


片山潜

「イヴァノフ殿、我等も多年に亘り、我が民衆の苦難と向き合い、社会主義を標榜しつつも、帝国の権力に鎮圧され続けたり。貴殿の申す『プロレタリアートの独裁』、その理念は何を根幹とし、如何にして民衆を組織せしめたるか、ぜひとも学びたく存ずる。殊に我が国は未だ農本主義の色濃く、労働者の勢力は薄きもの、ロシアの如き労働者階級の一大決起を如何に図るべきか。」


アレクセイ、深く思案の色を浮かべつつ言ふ。


アレクセイ・イヴァノフ

「片山殿の懸念、尤もなり。我がロシアにても農民は多数を占むる。然るに、我が指導者レーニンは、農民の抱く土地への希求を巧みに捉え、『土地と平和』を掲げ、彼等を味方と成さしめたるなり。農民に土地の分配を約束し、土地を解放せんとす。されば貴国も、同様の主張を以て農村を味方に引き入るるべきにて、民衆に確と理想を示し、共に進む者を増やすことが肝要なり。」


ここに山川均、真摯なる眼差しを以て問う。


山川均

「しかしながら、イヴァノフ殿。日本に於いては、労働者も農民も、未だ政権に対し明確なる対抗の意識を持たず。如何にして彼等をして武装に至らしむべきや。貴国の如く革命を試みんとせば、軍部との衝突は避けられぬ。如何にして軍の力をも我らのものと成さしめ、階級闘争の道を拓くべきか。」


イヴァノフ、沈黙を破り、毅然たる声音にて答う。


アレクセイ・イヴァノフ

「山川殿、それは容易ならぬ道にて候。我がロシアにても軍の一部が我らに協力せしめ、革命の為の一翼を担いたるなり。即ち、軍内の労働者出身者を通じ、階級の自覚を促し、民衆と軍との連携を強化せり。日本に於いても、軍部の下層に属する兵士の中に貴方がたの思想を浸透させ、彼等を味方に引き入るるべし。」


幸徳秋水、今一度深く頷き、静かに告げる。


幸徳秋水

「左様か、イヴァノフ殿の示唆、誠に貴重なり。然ればこそ、我が国に於いても、今一度、民衆の苦しみを見据え、彼等の共感を得るべく新たなる方策を練らねばなるまい。『人民のための土地』を掲げ、軍と農民をして一つの目標の下に纏めあげ、我が理想を実現する準備を整えん。」


片山潜、満足げに微笑み、結語を付け加える。


片山潜

「同意にて候。貴殿よりの助言、我らの行くべき道を照らす灯火とならん。然らば、同志よ、今日よりこの日を転機とし、貴国の革命に続くべく力を尽くさん。新しき時代の到来を、我が手にて引き寄せん。」



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かくして、幸徳秋水、片山潜、山川均、並びにアレクセイ・イヴァノフらは、熱き決意を胸に秘め、民衆を組織し革命への道を切り拓かんと誓いを立てぬ。かの会合は、後世「神田密議」とも称され、革命運動の第一歩として歴史に刻まれることと相成りぬ。


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種を蒔く人々 伊酉ふみ @yaiteka

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