大敵

「すぅ……ふぅ……」


 愛羅より一足早く風呂の中に入った俺は、愛羅にバレないよう、小さく深呼吸をした。

 

 大丈夫、大丈夫だ。

 愛羅は娘なんだから、何も緊張することなんてない……わけ無いだろ!? まだ幼い娘……それこそ、出会った当初くらいの時ならともかく、もう16歳だぞ!?

 

 再び俺の心は後悔の念に襲われる。

 ただ、今更やめるとも言い出せなかった。

 だって、実際俺が一緒に入る以外にどうしたら愛羅を風呂に入れられるのかが分からないんだから。


 風呂屋って選択肢も無いわけではないけど、どういう理由で外に行けばいいのかがもう分からないし、そもそも、愛羅を人がいっぱいいるであろう風呂屋に一人にするのも不安だ。

 ……ここが愛羅のよく知る世界ならともかくとして、愛羅は全く知らない世界なんだから、当たり前だ。

 俺だって転移した直後、一人の時は……愛羅に出会う前は色々と不安だったし、愛羅にはそんな思いをさせたくはない。

 だから、風呂屋はダメだ。

 

 後俺が思いつくのは俺が入っている振りをして、愛羅に先に入ってもらうって手段だけど、それは姉さんの視界にチラッとでも俺が風呂の外で待っている様子が見えてしまった時点で終わるから、それもダメなんだよ。姉さんからしたら、シャワーを流しているはずなのに、俺が風呂の外なんかにいたら、意味が分からないからな。……最悪俺が病院に連れていかれる。

 ……いや、中を見られて終わりか。


 ……つまり、俺の頭脳じゃこの状況は不可抗力と言えないことも無いことも無いんだが……やっぱり、それと俺が緊張しないかは……いや、緊張はしてない。ただ、16歳の娘と一緒に風呂に入ることに罪悪感を覚えているだけだ。


 そんな現実逃避とも言えないようなことを考えているうちに、閉めていた風呂場の扉が開いた。

 つい反射的に視線を向けてしまう。

 

 すると、そこに居たのは当然と言うべきか、愛羅だった。少しだけ不安だったけど、俺の言うことには従ってくれるのか、ちゃんとタオルは体に巻いている。

 ……とはいえ、大丈夫な訳がなく、今、俺は裸にタオル一枚だけの女の子と一緒にいるということに……い、いや、相手は娘だけどな!? そういう意味では何とも思わないけどな!?


「ヒロト、お待たせ」


「……別に、待ってない、って」


 嘘では無い。

 普通に考えて、年頃の娘が一緒の風呂に入ってくるのを待つ男の親は居ない。


「脱いだ服、ヒロトが買ってくれた服を入れてた袋に入れておいた」


 さっきは反射的に見てしまったけど、もうなるべく愛羅の方に視線を向けないように、俺が壁の方を見つめていると、そんな声が聞こえてきた。

 脱いだ服……そうか、その問題もあったな。

 洗濯は……姉さんが居ない時に洗濯機を回せばいいか。……その時は愛羅に自分で洗濯機に服を入れてもらえばいいんだし、そうすれば、俺が見ることも無い。完璧だな。


「ヒロト、どうしたらいい?」


「え? あ、あぁ、そうだな……取り敢えず、シャワーを出すから、びっくりするなよ」


 色々な感情を気合で抑制した俺は、そう言ってシャワーを出した。

 あっちの世界にはシャワーなんて無かったからな。……よく考えたら、そういう理由でも愛羅を一人で風呂屋に行かせるなんて選択肢は無かったんだな。


「出てきてるのはお湯だから、まずは足から掛けていって熱くないかを確かめつつ、体とか頭に掛けるんだ。分かったか? 一人で出来るか?」


 あんまり愛羅のことを視界に入れたくないからこそ、俺はそう言った。少しだけ不安ではあるけど、何事も経験だし、仮に何かがあったとしても、俺が近くにいる以上、何があっても大丈夫だ。

 ……もちろんと言うべきか、愛羅を視界に入れたくない理由は愛羅が嫌いだから……なんて理由な訳がなく、あれだ。……その、そう! 罪悪感があるからだ。


「……怖い」


「……ゆっくりでいいんだぞ?」


「……ヒロトがやってくれたら、大丈夫」


 よく考えたら、初めてシャワーを見る人間が怖いというのは理解出来る。

 家のシャワーは結構な勢いでお湯が出てるからな。

 ただ、俺がやってくれたら大丈夫っていうのは……信頼の証、かな。

 ……だったら、俺が娘からの信頼に答えない訳にはいかないか。


「わ、分かった。……今回は初めてだし、今回だけ、だからな?」


「うん」


 ここで時間を使っても、愛羅の体を冷やしてしまうだけだとも思いつつ、俺はそう言い、シャワーを手に取った。

 そしてそのまま、自分の手で温度を確認しつつ、愛羅の足に……足に……この、タオルの下は……って、違う違う違う違う違う! 何変なことを考えようとしてるんだよ! 相手は俺の娘だ! それ以上でも以下でもないんだ!


「ヒロト?」


「……なんでもない。掛けるぞ」


「……うん」


 そして、今度こそ、ちゃと心を抑制して、愛羅の足にシャワーを掛けた。


「……大丈夫か? 熱くないか? 痛くないか?」


「うん。大丈夫」


「なら、そこに座ってくれ。……体と頭にも掛けていくから。怖かったら、言ってくれ。直ぐにやめる」


「分かった」


 愛羅が風呂場に置いてある椅子に座った。

 その結果、ただでさえ愛羅の身長的に俺が上から視線を向ける感じだったのに、更に……ダメだ。

 もう、余計なことは考えるな。


 相手は娘。相手は娘。相手は娘。

 よし、これでいい。

 

 ……別に俺は愛羅のことを娘としか見ていない。

 ただ、一言だけ言わせてもらうとするのなら、そこからは自分との戦いだった。

 ……異世界にいた時と比べても、一番苦戦したかもしれない。……強いて相手を設定するとするなら、罪悪感だけど。

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