3話 外出

女性の服やメイクは男性のときから慣れている。

でも、その時と違い、今は、自分のバストもある。

男性の下半身の出っ張りを隠す必要もない。


なんだったらビキニ姿で海岸を歩くこともできる。

昔だったら、男性器は隠せなかったけど、今は堂々と。

おばさんにビキニが似合うかは別だが。


女性の服を着るだけで、3時間も楽しんでしまった。

そして髪もボサボサだったから、少しは整えた。


ヘアサロンに行って、おしゃれなスタイルにする。

びっくり、ワクワク。

おしゃれな50歳ぐらいの女性にみえる。


それだけじゃない。

メイクの肌へののりがいいのに気付いた。

なんか、肌がきめ細やかになったみたいだ。

3ヶ月ぶりに定期検診に行って確認してみた。


「おぉ、3ヶ月だけなのに、すっかり女性らしくなりましたね。声は少し低いけど、喋り方も女性と違和感ないし、どこから見ても女性です。びっくりしました。」

「それは嬉しいです。ところで、最近、肌がきめ細やかになった気がするのですが、やっぱり卵巣からでる女性ホルモンのせいですかね。」

「たしかに、61歳の男性肌にしてはつややかですね。調べてみます。」


血液検査とかして1時間ぐらい経って、先生と面談をした。


「すごいですね。手術前の体年齢は実年齢と同じ60歳でしたが、今は57歳と出ました。血圧、血糖値等も改善されています。動き始めた卵巣が、この体を12歳ぐらいだと思って女性ホルモンをいっぱい出しているんじゃないかと思います。これからも、定期的に来てください。もしかしたら、これからも若返りが進むんじゃないでしょうか。どうか見極めていきましょう。」

「これから若い女性にもなれるということですか?」

「よくわかりません。時間をかけて様子を見ていくしかないですね。」


私は、病院を出て、明るい日差しを見上げた。

10月中旬で、最近は夏の暑さは引いて涼しい。

もう少ししたらこのイチョウ並木も美しくなるだろう。


木々の葉からは陽の光が漏れる。

こんな爽やかな気分で外を歩いたのは何年ぶりだろう。

会社に入ってから、そんな時はなかった気がする。


会社では仕事の毎日だった。

週末も、考えることは仕事のこと。

特に、家で仕事ができるようになったから、365日が仕事になった。


でも、今後は、楽しい人生が待っていそうだ。

お金が残っている範囲では。

その意味では、これまでの自分の働きを褒めてあげたい。


ただ、いずれはお金も尽きるだろう。

とは言っても、今、働き始められる感じはしない。

まあ、将来は想像できないし、その時に考えることにしよう。


戸籍は、すぐ女性に変えた。

そのために、先生とその友人の先生2人に認定してもらう。

性同一性障害で男性器はないことを。


ただ、戸籍上の年齢は61歳。

これでは履歴書を出せない。

年齢をごまかしてもいいが、経歴詐称で解雇になるリスクはある。


まあ、当面は、贅沢しなければお金は5年以上は持つ。

友達はいないし、今更、昔の知り合いにも会えない。

だから、お金を使うこともない。


周りからは、寂しい1人暮らしの女性と見えるだろう。

家からもほとんど出ないで、印象もないかもしれない。


でも、だいぶ女性らしくなって外にも出かけることが増えた。

顔も更に女性らしい形に変わっていった。


そろそろ温泉旅行とかに行ってみよう。

昔から登山に行き、その後に温泉に入るのが趣味だったから。


3話 温泉旅行


今日は、熱海に一泊の温泉旅行に来ていた。

今回は最初の遠出なので登山はしない。

新幹線の窓から海が見えたときは、心が踊った。


私も女性として旅行できるようになった。

周りも、女装している男性なんて思わない。

私は、本当の女性になったのね。


熱海にもうすぐ到着するというアナウンスが流れる。

窓側の席から通路にでようとして、スカートが横の男性の足に触れた。

横の男性は、面倒くさそうに足を引く。


若い女性じゃないから親切にしても得がないという感じね。

まあ、そんなこと期待はしていないけど。

あと1年経てば、若くなれるから待ってなさい。


トイレに行きたいけど、今行くと乗り越してしまうかも。

新幹線を降りてからホームのトイレに行こう。

でも、その判断は間違っていたの。


新幹線ホームのトイレには5人の女性が並んでいた。

もう、待てないかも。こんな状況とは思ってなかった。

男性トイレは空いてそうだけど、こんな格好で入るわけにもいかない。


こんな時、もれそうだから割り込みさせてなんて言えるのかしら。

わからない。そんなことはどうでもいい。早くしないと。


我慢ができずに駅員の方に聞くと、在来線ホームにもトイレがあるとか。

私は、駆けってなんとか漏らすようなことは避けられたわ。

女性として、気をつけなければいけないことがあることを知った。


駅をでると、10分ぐらい散歩をしてホテルに到着した。

海辺に建つ大きなホテル。

まだ早いのか、チェックインはおじさんが対応していた。


おじさんは、私を上から下に眺め、はい寺尾さんねとつぶやく。

なんか、この年齢の女性を見下すように。


賞味期限切れの女性と馬鹿にされたように思えた。

なんか、女性になったら、もっとチヤホヤされると思ったのに。

男性のときに見えてなかった世界が少しづつ見えてくる。


夜は、ホテルから歩いて15分ぐらいの居酒屋に飲みに行くことにしたの。

ホテルの夕食もいいけど、熱海には美味しそうなお店が多いから。


でも、男性のときは考えたこともなかった。

女性が1人でカウンターで飲んでいる姿は、あまりに寂しそうということに。

今更、どうしょうもないので適当に飲んで帰ることにしたわ。


帰りに、乱暴そうな男性3人組が横を通り過ぎる。

今の力では、背は高めだけど、暴力を振るわれたら勝てない。

男性が近づくたびに怖かった。


公園を見て、昔、夜の公園で立って用を足したことを思い出す。

今では、そんなことはできないわね。

女性になっていろいろ不便になることもあるって実感した。


そんなことはどうでもいいわ。

せっかく熱海に来たんだから、温泉に入ろう。


大浴場に行くと、脱衣所は女性ばかりだということに圧倒されたの。

当たり前なんだけど、女性がなんの恥じらいもなく服を脱いでいく。

そんな姿に、女性への憧れは薄れていった。

服を淡々と脱ぐ様子が、がさつというか。


もっと、女性は清らかだと思っていた。

服を脱ぐ時は恥じらう仕草でって。

まあ、ずっと飾っていられないということよね。


同時に、いつか、女性じゃないってバレるかとドキドキだった。

私の体は手術で作られたものだから。


でも、だれもが、特に違和感も感じていないみたい。

というより、女性の枠に入っていれば、細かいところまでは関心がない。

形やラインが少し違うかもなんて誰も見ていないのね。


頭では理解できるんだけど、まだ経験が追いついていかないって感じ。

少しづつ慣れていくんだと思う。


そんなことはどうでもいい。

温泉はとても気持ちが良かった。

温泉の湯の縁がバストでMのような形になる。

男性のときにはなかった感覚。


自宅ではシャワー中心だけど、温かいたっぷりのお湯に浸かるのは久しぶり。

手術が成功して、相変わらず温泉に入れることには先生に感謝してる。


周りは、おばさん達が大笑いする声で騒がしい。

でも、湯煙であまり見えないから落ち着ける。


そんな中、横のおばさんたちが話しかけてきた。

60歳は過ぎてそう。


「お嬢さん、何歳なの?」


じろじろと私の体を見てる。

バレたのかもしれない。

さすがに61歳とはいえず、適当な年齢を言ってみた。


「45歳ですが・・・。」

「そうなんだ。」


特に疑うことはないみたい。


「お嬢さん1人旅なの? 彼氏さんが部屋で待っているとか?」

「いえ、1人で来ました。」

「そうなのね。お嬢さんの年代はいいわよね。私達のころには、女性1人旅とかできる雰囲気じゃなかったもの。そうよね。」

「そうそう、傷心旅行とか言われてね。自殺したら困るから泊まらないでなんて雰囲気があったらしいし。」

「そうなんですか。」

「でも、夕食のときとか寂しくない?」

「1人の方が気楽で、のんびりできるので。特に、温泉はゆったりとしたいですし。」

「まあ、最近は、いろいろな楽しみ方があるし。ところで、お嬢さん、バスト、大きいわね。何カップなの?」

「Fカップですが・・・。」


脂肪注入でCカップぐらいまでに大きくした。

でも、それに女性ホルモンが上乗せされて大きくなりすぎた。

なんか下品な感じがして、少し気になっている。


小さくしようと考えてみたこともある。

ただ、先生からは、何度も手を入れないほうが安全と言われた。

だから、このままにしている。


「そうなのね。牛乳をいっぱい飲んで育ったとか。」

「まるでお牛さんみたいとか言われない? あはは。ごめんなさい。悪口じゃないのよ。羨ましいななんて思ったから。でも、重たいでしょう。肩こらない?」

「本当に、ごめんなさい。お邪魔しちゃったわね。お一人で楽しんでね。私達は上がるから。」

「これからも、お楽しみください。」


私が男性だと全く思いもしない感じで会話が進んだ。

でも、おばさんって本当に恥じらいがないのね。

まるでおじさん化してる。

もう、周りからどう見られても関係ないという感じ。


それから半年経って、また定期検診に出かけた。

その時、医者から衝撃的な言葉を聞いたの。

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