第3話 村人の長たちが帰って来るそうです

「エリー!明日村長たち帰って来るってよ!」


薄いベージュの髪に緑色の制服を纏った配達人が白手袋をした手をふりながら言った。

いつも手紙を配達してくれるイダーテお兄さんだ。


「本当?予定より早いわね」

「シータとディナも喜ぶんじゃないか?伝えといてくれ」


玄関先で手紙を受け取るとイダーテお兄さんは「じゃっ」と爽やかな笑顔で言って風のように消えた。

彼の能力は早脚で、ほぼ同時に複数の家に手紙を届けることができる。

今この瞬間にも手紙は届けられているのだろう。


エリーは渡された手紙をその場で開いて読んだ。

サイハテの村の村長、つまりエリーの父親は数ヶ月程前に王都に村の現状、魔王城の動向などの報告をしに行っていた。

その際護衛と補佐としてシータの両親もついて行ったのだ。


シータ達に早く知らせなきゃ、とエリーは外に出ようとした。

が、シータはその必要はなかったようだ。


「シータ?」


ドアの前で直立していた。


「サッキキコエタ、話、本当?ウチノオヤ、モ?カエッテ、クル?」


「そう手紙には書いてあったけど。」


何故カタコトなのだろうか。


「終わった、平和が終わった」


シータは膝をついて顔を覆いながら天を仰いだ。


「え?何、嬉しくないの?」


フゥーと息を吐き、シータは顔だけこちらに向け目を伏せながら言った。


「微妙」


微妙て。


「ディナは喜ぶと思う。ヴィラは泣き叫ぶと思う」


ヴィラが泣き叫ぶ?


「ディナは母親似だ」


なるほど?


「うん。そう聞いたことあるけど…あれ?私シータ達のお母さんに会ったことないな?」


おじさんには会ったことがある。

なんというか、ちょっとぼんやりしてる普通のおじさんだった。


「シータのお母さん会ってみたいな?」


ぎくりとシータは肩をあげる。

これは何か隠しているな?


さらに問いただそうとすると、外からどさりと物が落ちる音がした。


「エ、ディナノオ母サン、帰ッテ、クルノ?」


わなわなと震える唇に、真っ青な顔をしているヴィラが立っていた。

落ちたのはヴィラが愛読している本のようだった。


「ううううううそだだだだよねねねねね?ね?」


ヴィラも言語能力が破壊されている。


「僕は、僕は明日までの命だーーーー!!」

「えっちょっ!?そこまで!?待って早まらないでヴィラ!!」


猛スピードで駆けて行くヴィラ。

あっという間に見えなくなった。本はちゃんと持って行ったらしい。


「そこまで?そんなに?逆にむしろ会ってみたくなってきたんだけど」


「エリーにはできれば会わないで欲しかったんだけど。隠し通せるのはここまでか」


クッと苦々しげに言うシータ。

昔からよく会っていたのによく隠し通せたね?


「村長さんがタイミングよく母さんに仕事を割り振っていたのもあるかもしれない」


うん、と頷くシータ。


たぶん村長さんもエリーには会わせないほうが良いと判断したのだろう。

母親に幼い頃に会っていたら今頃エリーもヴィラみたいになっていたかもしれない。


エリーがどんな人なのと問いかける。

シータは考えこみ、唸り、やっとこさ言葉にした。


「俺たちの母親は、とても雑だ。引く程に。」


_____



二人はとりあえず席に座った。落ち着いて話してくれるようだ。


「オレとディナの母親は商人の護衛をしている。」


それにエリーは学院に行っていたのであまり会うことがなかった。


「でも私、ちょくちょく帰ってきてたよね」


びくりとシータが肩を揺らす。


「親戚や外部の人が母さんに会う度、何故かどんどん信者になっていくのを見たことがあって、ディナも......どんどん母親似になっていくから、エリーにはそうなって欲しくなくて」


シータは何かを思い出すようにああ、と頭を抱えた。


「おうおう、とうとうシータも親の陰口言うようになったのか〜思春期か〜?」


ハスキーな女の人の声。

シータは慌てて立ち上がってその反動で椅子を倒し、逃げるように部屋の隅へ。


いつの間にか開いている部屋の入口に髪を一つに纏めた、色々大きくて強そうな女の人が腕を組んで立っている。


「初めまして、私はエルダ。息子たちがいつもお世話になってるね、村長の娘ちゃん」



〜魔王城にて〜


「何があった」


窓の外を眺めていた魔王が振り返らずに部下に問いかける。


「サイハテ村が何やら騒がしく、現在調査へと向かっております」


先日の魔術師エリーが呟いていた『片付けなきゃなぁ』という言葉。

もしやもう実行に移そうとしているのだろうか。

ならば早急に兵を集め、防衛に備えねば。


「それともう一つ、嘆きの谷から声がするとの報告が」

「なんだと?」


嘆きの谷

それはかつて初代魔王が人間共の進行を防ぐために切り刻んだ谷、と言い伝えられている。

時折、谷に落とされた亡者の声が響き渡り、飛ぶ鳥も亡者によって引き摺り込まれてしまうといわれている。


サイハテ村では年に1度、嘆きの谷付近で慰霊祭を行っている。

もしかしたら下準備の為に魔術師エリーらも来るかもしれない。

祭りもまだ先だが、そのうち来た時の備えも必要だろう。


「念の為見張っておけ、完全防御を心がけるように」

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