サイハテの村人たちは勇者がいなくても平気なようです 〜ただしご近所は魔王城〜
青咲花星
1章 サイハテの村人
第1話 村人の魔法は超越しているそうです
ここはサイハテの村。
王都から一番離れた山と森に囲まれている、とてものどかな村。
「エリー!ワイバーンが出た!」
ではなかった。
「ええ、、やだーみんなで倒せるでしょ?なんで私が」
桃色の髪にピンクの瞳をした娘が本に囲まれた机からひょこりと顔を出し、怪訝な顔で拒否した。
「弓だと届かないんだよ!!それにエリーがやった方がすぐに新鮮な食料になるだろ?」
村人のおっさんの目には肉と書いてある。
完全に食料目的だ。
「シータがいるじゃない」
「だめだ、シータは周りのみんなも動けなくなる、お前だけだぞあの恐ろしさを知らないのは」
ぶるりと村人のおっさんが思い出すように身体を震わせる。
「それに村長に留守を頼まれてるんだろ?」
「しょうがないなぁ」
エリーはため息をつきながらふらふらと外に出る。
「あ、これでいいや」
ちょうど落ちていた細身の小枝。
小枝を拾うとくるりと回し、村人のおっさんに聞く。
「ワイバーンどっち」
「あっち」
オッケーと呟くと、エリーは小枝を言われた方向に構える。
「フラッシュフリージングアロー」
彼女がそう呟くと小枝、もとい杖の先から水色とピンクに光る美しい魔法陣が展開され、大きな氷の矢が発射された。
「これでいい?」
「ああ、今日はご馳走だ。ありがとう」
彼らは矢が飛んでいった方向を見て言った。
常人には見えない、とても離れた場所を見て。
______
しばらくすると、ワイバーンらしき肉塊を運ぶ村人たちが帰ってきた。
その中に左腕に包帯を巻いた青年が肉の入った袋を幾つか持ってエリーの元へとやってくる。
「エリー、今日もありがとう。おかげで肉が新鮮なまま運ぶことができた」
オレは何もできなかったけど、と青年は悲しそうに呟いた。
「シータもお肉運んできたんでしょ?何もできてないことはないじゃない」
エリーはキュッキュのキュと指でシータの包帯によくできました!と目と口を描く。
しばらくは消えない指で描く魔法のインクだ。
「はい、今日のご褒美」
「ご褒美というより、いつもエリーが面白がって描いてるだけじゃないか」
別にいいけどとシータは呟く。
とは言いつつも口元は緩んでいた。
「まぁ、いざとなった時にできればいいんじゃない?みんな倒れちゃうし……なんでみんな倒れちゃうのかなぁ」
「エリーは平気なのにね。これ今日のお礼分、解凍する?」
「ありがとう、半分だけそのまま冷凍しておこう。今日はワイバーンのシチューにするよ」
ワイバーンの肉は死後硬直してしまうため叩く必要があるが、倒す際に凍らせてしまえばそのままでも柔らかく、ジューシーに出来上がる。
「そういえばヴィラとディナは?」
「そろそろ来るんじゃないかな」
本当だ、うえええええええんと鳴き声がする。
「エリーおねえちゃあああああ!!!!!!」
窓を覗けば号泣しながら走ってくる少年と、それを追いかけるツインテールの少女。
玄関を開けてそのまま迎え入れる。
「いらっしゃい、今日はワイバーンのシチューにするよ!」
本当!?と目を輝かせる二人。
かわいいなぁとエリーは2人を撫でた。
ヴィラが今日も泣いていた理由はわからないけどたぶん、またディナのせいだろう。
何があったか聞いてまたヴィラが泣いてしまうのは困る。
それよりもナデナデする方が大事だ。
「エリーお姉ちゃん、ちょっと」
撫ですぎ、といいながらも2人は照れながら嬉しそうにしている。
エリーは更にんーかわいいーぎゅーとかいいながら今度は2人を抱きしめ始めた。
だが、エリー越しだった視界が開けた2人は硬直する。
エリーに抱きしめられてそれが嫌というわけでは無い。
1人の青年から発せられる、一般的には嫉妬と呼ばれる眼光のようなもの。
威圧。
冷や汗が出る。身体が震える。
「エェェエエリー、そろそろ夕食つくりましょ?お手伝いするわ?」
「そうそうそそそそうしようよ?」
家具がガタガタ言ってる、地鳴りがなってる、気がついてエリー(お姉ちゃん)!
「ありがとう!じゃあ2人には野菜の皮を剥いて貰おうかしら、シータはお肉焼いてくれる?」
エリーがにっこりしながら2人からぱっと離れてシータの方へ向くと威圧はおさまった。
「うん」
シータはいつもの真顔のまま肉を取り出し、安堵のため息をついたヴィラとディナはそそくさと皮剥きの作業に移る。
「シータお兄ちゃんのアレは無意識なのかな」
ヴィラはぽつりと呟く。
「うん、アレは日常では無意識らしいわよ」
シータの威圧。
それは周りをグラビティ(重圧)状態にする力。
その力はひと睨みで敵を制圧することができる。
ただ、一般よりも広範囲で強い力なので敵以外の周りの味方までも影響を受けてしまう。
おそらく今は隣の家の人も身震いをしているだろう。たまたまの不在を願うばかりだ。
「そういえば今日は結界も貼り直したのよね〜?」
「使役していたのかわからないけれど魔族が居た。でもワイバーンのついでに倒されてたよ」
そっかぁ〜面倒だから入り込まなくてよかった〜と和やかな会話が続いた。
____
「ご馳走様でした!今日も美味しかったよ。ありがとうエリーお姉ちゃん」
うんうんと他の二人も頷いた。
「いつも悪いな、毎日ご飯お邪魔させてもらって」
「いいのいいの!一人よりみんなで食べる方が美味しいし」
「エリーのご飯を食べて舌が肥えちゃったから自分で作った時、なんかイマイチな感じがするのよね……」
困った、と兄妹揃って渋い顔をする。
シータとディナも親が仕事で家にいない事が多い。
その為こうしていつもご飯を食べに来ているのだ。
「フツーに作ってるけどなぁ……よかったらレシピ教えてあげるよ。でも、食べに来てくれた方が嬉しいなぁ」
一緒に食べたいから、とエリーの直球な言葉にディナが少し照れ臭そうにありがとう、と返事をした。
「ああそうだ、今日の魔力放出忘れてた」
ぽんと手を叩いて、ちょっと待っててねとエリーは裏口へと行く。
鼻歌を歌いながら昼間のように小枝を拾い、夜空に向かって魔力をぶっ放した。
「アイスアロー」
魔力放出
毎日半分程大きい魔力を一気に放つようにする事で、身体が足りないと錯覚し、常に魔力を作り出すようになる。
過剰に作り出された魔力が器を圧迫し、器が拡張され強化される。
「一応毎日やってるけど増えてるのかわかんないのよねー」
エリーは小枝をくるくる回しながらぼやいて家へと戻って行く。
彼女はアイスアローの行方を気にしなかった。
それ故に知らなかった。
エリーの放ったアイスアローが魔王城の結界に穴を空けて城壁を崩した事を。
毎日その修復に追われている事で魔界からの侵略が阻害されている事を。
ここはサイハテの村、山と森に囲まれたのどかな村。
そう、魔界領域に囲まれてるけど。
〜魔王城にて〜
「ま・た・か!」
今日こそは来ないでくれと願った矢先、高濃度の氷の矢アイスアローはやってきた。
魔王城の城壁、しかも正門が見事に大破。
毎日毎日まあ毎日、今日はどこに当たるかな?みたいなノリで!しかも年々威力は増している謎の魔力放出。
「これはどこぞの脳筋魔術師がやっておるのだ?勇者はまだ辿り着けてはおらぬのだろう?」
代々魔王はいつか来るであろう、勇者に備えるために城を強固にしていた。
「はっ、魔王様。調査したところやはりサイハテ村にいる者の仕業のようです」
「あの村か」
低い声で唸る魔王の眉間の皺が深くなる。
10世代くらい前の魔王が人間共に供物を捧げさせる為に残した中継地点とも言える村。
最初は貧弱な人間と大して変わらなかったが少しずつ魔界の魔素に慣れた結果、村の人間共は化け物と化した。
「それともう一つご報告が」
宰相ゼルベリュートが青ざめながら言った。
「四天王の一人が村の調査を行っていた所、討たれました」
魔王が息を飲む。
「原因は、たまたま通りがかったワイバーンを村人達が狩をしていたらしく、アイスアローの上位魔法が貫通し、ちょうどその先に居た為との事です」
たまたま。
「帰還する為、に、村から離れようと背を向けたところ……そのまま、察知する事なく、気が付かずに当たったようです」
ほんとにたまたま。
「ワイバーンからは、1キロほど離れていたようです」
たまたまピンポイント飛び火。
「村人たちの様子は」
「ああ、エリーの魔法が貫通してそのまま当たっちゃったかい。と全く気にせず放置していったとの事です」
こっわ。
静まり返る広間。
魔王は頭を抱える。
「とりあえず、防御魔法を使える者達を集めろ。そしてすぐさま防御結界の強化をすすめよ!」
「ハッ」
重々しい表情をした部下達が一斉に敬礼する。
「そしてエリーという魔術師について調査をすすめよ。勇者より厄介かもしれぬ」
今日、知らぬ間にエリーは魔界で要注意人物となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます