第32話 貧民以外の、寄る辺なき者たち

 ファジュルはアムルだけを供にして、イズティハル城下にある盛り場へと向かった。


 平民の町よりもスラムの近くにあるが、立ち入ったことはない。あまり賑やかなところは好まない性分なのだ。


 カウンター席の他にテーブル席がいくつかあり、武装した男たちが何か飲み食いしている。

 普通の食堂にも入ったことがないため、これが普通かどうかはわかりかねる。


 壁に貼られた手書きのメニューカーイマトゥには、パンやスープの他、ブドウの果実汁、水などが載っている。

 ファジュルは食事をする店に入ること自体が初めてで、勝手がわからない。

 何も注文しないでいたら追い出されてしまうだろうか。悩んでいると、アムルがカウンター席についた。

 ファジュルもそれにならい、隣の席につく。


「水を二つ頼む」


 アムルが店主に伝え、水の入った陶器のコップが二つ出される。

 店主に気づかれないよう、アムルはコップの位置を入れ替え、ファジュルの前に置かれたものを飲んだ。


 ナジャーに言われていたことだ。飲食するときは細心の注意を払うようにと。

 ファジュルの父も、まわりの人間が睡眠薬を盛られたことで悲劇を招いた。


 アムルが大丈夫だと小声で言ったため、ファジュルも一口だけ水を飲む。

 水を飲むこと一つとっても、命の危険と隣り合わせ。

 イーリスが王族の暮らしから逃げ出したかった一端を垣間見たような気がする。

 自分の身を守るためにアムルに毒味をさせているというのは、とても心苦しい。



「見ねぇ顔だな」


 すぐ近くの席でナイフの手入れをしていた男が声をかけてきた。

 肌はファジュルたちと同じイズティハルの民特有の褐色だが、髪はルベルタ人に多い金色。

 男の目はファジュルとアムルを探るように動き、戦いに身を置いている者特有の空気をまとっている。


「貴方は傭兵か」

「ああ、そうだ。もしかして護衛依頼か? オレは仲間と組んでやっているから、それなりの人数が要る場合でも対応してやれるぜ。その分金はきっちりもらう」

「護衛ではないが、貴方の声がけで動ける全員の力を借りたい。引き受けるか否か決めるのは、俺たちの目的を聞いてからで構わない」


 商隊の護衛程度の穏やかな話ではないと、それで伝わった。男はファジュルとアムルの顔をまじまじと観察して、口笛を吹く。


「なるほど。ここでは話せない類の話か。なら場所を移そうか」


 男が盛り場の外を顎で示す。

 ファジュルとアムルは頷き、店主に代金を払って盛り場を出た。




 男は迷う様子もなくスラムに入っていく。スラムの中でもあまり人が来ない寂れた場所だ。

 たしかにここでなら、話を盗み聞かれる可能性は低い。


「スラムに入ってんのに、ためらい一つ見せねぇとは、アンタらただもんじゃねえな」

「この年までスラムで育ったからな。ためらう理由が見当たらない」

「なるほど。アンタ、平民じゃなくてこちら側・・・・に近い人間か。オレたち傭兵を何十人も必要とするなんて、何が狙いだ」


 気づけばまわりには、男と同じような傭兵が何人も集っていた。ざっと見て数十名。

 全員何かしらの武器を携えている。

 ファジュルは囲まれようと、男をまっすぐ見て答える。


「頼みごとをするのだから、まずはこちらから名乗るべきか。俺はファジュル。イスティハール・アル=ファジュル。ガーニムを玉座からおろし、スラムの人々に国籍を与えたい。きちんとした食事と家と仕事を得て、人間らしい生活を送れるようにしたい。そのために力を貸してほしい」

「イスティハールってこたぁ、アンタ最近国王が血眼で探している王子!?」 


 男だけでなく、傭兵たちもざわめく。


「アンタにゃ国王命令で賞金がかかっているぜ。王子を騙る偽物・・・・・・・を生け捕りにした者には、一生遊べる金をやるってな」

「偽物ではなく本人だ。生まれた日にガーニムに陥れられて、スラム暮らしになった。ここまで生きてこられたのも、貧民と呼ばれる彼らが支えてくれたからだ」

「スラム育ちって噂も本当だったのか。これはまた、随分と変わった王族だな。交渉を伝令係に投げるんじゃなく、自分の足で来るんだから」


 ガーニムはファジュルを殺したいがために、賞金首にまでしていた。

 ここに集まる傭兵たちはファジュルを金に変える好機と考えているのだろうか。

 近くにいる者に目配せし、本物か? 嘘じゃないか? と小声で言い合っている。


 アムルは剣を抜き、ファジュルの背を守るように構える。

 ファジュルは男に問いかける。


「俺は名乗った。次は貴方の名を聞かせてもらいたい」

「は? 敵に囲まれた状況なのに怖くねえってのか」

「本当に俺をガーニムに突き出すつもりなら、とっくに捕まえているだろう」

 

 あくまでも冷静に答えるファジュルに、男が根負けした。


「…………オイゲンだ」

「そうか。オイゲン。目的は話した。聞いた上で雇われてはくれないか」

「王城に兵が何百人いると思ってんだ。オレら全員が揃っても十分の一になるかどうかだぞ」

「城内部の地図と武器を確保している。それと、スラムの人間も協力を申し出てくれている。人数の問題はそれで解決する。彼らも自らの命を守れるよう、武器の扱いの指導をお願いしたい。貴方たちを戦いの手練と見込んでの頼みだ」


 オイゲンも傭兵のリーダーゆえ、簡単に仲間を散らせるわけにはいかない。

 それに、ファジュルがやろうとしているのは革命。

 ガーニムをおろし、自分が王になるのが目的。

 商人の護衛任務と比べ物にならないほど危険だ。


「スラムで育って、スラムの人々に籍を与えたいと言ったな。アンタの革命で救われるのはスラムの民だけか?」

「スラムを救うのは俺の願い。革命を起こすのに、ひとりひとりが願うことはまた別にあるだろう。オイゲンは何を望む?」


 ファジュルに問われ、オイゲンは考えた後、ゆっくりと口にする。


「オレはルベルタ人とイズティハル人の混血だ。親が流浪るろうの民だったせいで、どちらの国籍ももらえなかった。だから、オレのような立場の人間でも、国籍を望んだなら与えてほしい。オレ以外のやつだってそうさ。親の都合で国籍を得られなかった者、いろんな事情を抱えている」


 オイゲンの告白を皮切りに、まわりにいた傭兵たちも口々に言う。


 親が盗賊だったせいで国籍がない、奴隷商人から逃げて傭兵になったから帰る国がない、などなど。

 仕事や住む場所、籍を持てずに苦しんでいるのは貧民だけではなかった。


 流民るみんもまた、寄る辺なき存在。

 ファジュルに詳しく話してくれないだけで、もしかしたらヨハンやヨアヒムの一座のみんなもそうなのかもしれない。


「わかった。ガーニムを討ち政権を手にしたなら、貧民だけでなく流民も救われる国になるよう尽力する」

「そうか。ならばオレたちはアンタについてやるよ。約束を違えたなら、首が落ちるのはガーニムだけでなくアンタもだってこと忘れるな」

「心に刻もう」


 差し出された手を取り、握手に応じる。

 こうして、傭兵たちの協力を取り付けた。



 今後の活動の話し合いのため、傭兵の代表としてオイゲンに拠点まで同行してもらうことになった。

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