第30話 戦力差の補強作戦

 作戦室では、王国軍がスラムを捜索していることが議題に上がった。


 王都の調査に出たメンバーからは、スラムにいた頃ヨハンの診療所に出入りしていた男が、王城内部の見取り図を提供してくれたこと。

 リダを筆頭に、スラムの人間は決起するなら力を貸してくれることを話す。


 ファジュルたちからは、ハインリッヒ伯が武器と資金を提供してくれることを伝える。



 話し合いの合間に、サーディクが手を挙げて質問を挟む。


「なー、そのハインリッヒって人、一介の貴族にすぎないんだろ。戦争に加担するのに本国の……ルベルタの王様の指示を仰がなくていいわけ? そもそも辺境伯ってなんなん?」


 今は家出中とはいえ、イーリスは王女。専門書を読み上げるかのような答えを返す。

 

「ルベルタのように国土が広い国の場合、国王一人が辺境まで管理するのはとても大変なの。そういうときは王都から遠い辺境の貴族に統治権を与えて、施政しせいの代行を頼むのよ」

「へー」

「真面目に聞く気がないなら質問しないでよサーディク。出資してくれる人のことくらい覚えな。ここで毎日ごはんを食べられるのも、出資者がいてこそなんだからね」

「へーへー」


 貧民生まれ貧民育ちのサーディクは、貴族の誰が偉いだのなんだのという話は雲の上の話。イーリスとディーが真面目に教えてくれても、話半分だった。


 ヨハンがファジュルの意向を確認してくる。


「ファジュル様。スラムを探っている兵たちはどう対処しますか」

「あと五日ほどで武器がこちらに届く手はずになっている。届き次第スラムに向かい、兵を撤退させよう。話し合いできるならそれに越したことはない」


 ファジュルの父は、ガーニムの手により一方的に殺されてしまった。話し合いの余地もなく。


「ガーニムの配下も、全員が全員ガーニムに忠誠を誓っているわけではないだろう。アムルのように脅されている者が、まだいるかもしれない。そういう人までひとくくりにガーニム軍として排除したくはないんだ」

「敵に対しても優しいのは立派だけどねー、兄さん。説得できない兵のほうが多いよ。そうなったら戦闘に突入。ボクらの中でどれだけの人数がまともに戦えると思うのさ」


 ディーは話し合いで解決する道を否定する。

 戦うと言うのは簡単だが、現在反乱軍の戦力になる人間は片手の数より少ない。


 一番戦えるのは、兵として日夜訓練していたアムル。

 剣舞と武術をたしなむディー、同じ剣舞と武術を学んでいたヨハン。

 それから喧嘩上等で生活していたサーディク。


 ファジュルはまともに戦えるうちに数えられないし、子どものユーニス、右腕が動かないラシードも戦いの場には足手まといになるだろう。


 スラムの中で協力を申し出てくれている者に武器を貸与しても、武器の扱いを教える時間的な余裕は無い。


 戦闘の心得がある五百の兵と、武器を持っただけの一般人ニ千人が対決したとして、一般人が勝てる見込みは薄い。それが現実だ。


 イーリスは意見する。


「なら兵を雇いましょう。王国軍に属さない、商人や旅人の護衛などをして生活する傭兵ようへいがいる。この世で一番数が多いのは、中立の人間よ!」

「世間知らずのわりに機転が利くねー」

「何かおっしゃいまして?」 


 風の速さで後頭部を叩かれたディーが、目尻に涙を浮かべ頭をおさえる。


「いたたた、傭兵を雇いたいなら城下町に行かないとね。城下町のスラム寄り、平民ならまず近寄りたがらないさか。彼らは平民の多い明るいところより、ワケアリの人間が多い暗いところを好む傾向にある」

「そうなんですね。では武器が届く前に、傭兵たちを雇って、仲間に引き入れましょう。今から出立すれば夜になる前に城下に着くと思うの」


 イーリス自ら話をつけにいく発言に全員が凍りついた。


「いけません姫様。姫様のような身分の方が行くところではありません。行くなら私が」

「そうでございます、姫。アムルの言うとおり、そういうことは配下に任せるのです」


 アムルとナジャーが、暴走するイーリスをたしなめる。


「この反乱軍は私とファジュルが旗頭なのですよ。お願いする立場の頭が行かずして話し合いが成りますか!」


 腕をまくり荷物に手をかけ、一人でも敵地に突っ込んで行ってしまいそうなほどに燃えている。


「うーん。こうと決めたら絶対に譲らない。妙なところがアンナとそっくりだ」

「伯父さん感心してる場合じゃないよ。イーリスのバカを止めて」

「私はバカではありません!」


 騒々しくなったイーリスに、ファジュルが物申した。


「俺とアムルだけで行くから、イーリスは武器が届くまでここで待機。どちらか片方が行けば問題ないだろう。それに、傭兵がすでにガーニム側についている可能性も捨てきれない。二人とも討たれたらお終いだぞ」

「う……」


 もっともな説得に、イーリスはようやく腰を落ち着けた。


「それと、ルゥの様子を見ていてくれ。なんだかぼんやりしていて、具合が良くないのかもしれない」

「え、そうなの、ルゥルア。ごめんなさい、気づかなくて」


 ルゥルアは会議中一度も口を開かなかった。ファジュルの肩に頭をあずけ、ひどく眠そうにしている。イーリスが支えると、イーリスによりかかるようにして眠りに落ちた。

 ヨハンもルゥルアの手首に触れ、額に手を当てて目を細める。


「……むくみと、少し体温が高いか。ナジャーさん、ここ数日ルゥルアの食欲はどうでした?」

「ここ七日ほどは、果物と、水を多く摂っていたと思います。果物はマンゴーやデーツと言った味の強い物ですね。そのかわり、パンなどの乾いたものはあまり食べられないようです」


 ナジャーは長く王族の乳母をしてきただけあり、誰が何を食べたか、残したかなど把握している。

 ルゥルアはこのまま革命を成せば、ファジュルの妻……王妃となる存在。

 だからイーリス、ファジュルと並んでルゥルアの食事の子細を気にしていた。


 ヨハンとナジャーのやり取りに、ファジュルは不安を覚える。

 ただ眠くなっただけではないのだろう。

 かと言って、少し前のファジュルのような、過労で倒れるほどの無茶をルゥルアがするとは思えない。


「先生、ルゥは治療しなければならないような状況か?」

「ああ、病ではないのは確かです。心配はいりませんよ。本人から話を聞くのと、何日か様子を見てからでないと確信を持って言えませんが、もしかしたら……」

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