第21話 処刑日和

 今日はなんといい日だろうか。

 シャムスを誘拐した犯人・・の一部を捕えた。そう。今日は誘拐犯の公開処刑の執行日なのだ。

 犯人と言っても、スラムでてきとうに捕まえてこさせたドブネズミなのだが。


「姫なんて知らないし何もやっていない」と牢の中で喚いているようだ。王のガーニムの言葉とドブネズミの言葉、国民がどちらを信じるかは明白である。

 彼らがいかに無実を訴えようとも、真実を知らぬ者からしたら我が身可愛さのごと


 シャムスが家出したことを知っている人間が口を滑らせさえしなければ、この先も安泰だ。

 ウスマーンはガーニムのもとに唯一の家族がいるため、逆らえない。

 同じくハンカチのことを知っているらしいバカラは王命が絶対の阿呆だから、命令に背く心配がない。

 万事ガーニムの思い通りにことが運びそうで何よりだ。


 処刑台のまわりは国民が自由に出入りできるようになっていて、誘拐犯処刑を見ようと数え切れないほどの人が集まっている。


 ガーニムは処刑場を一望できる高見台で、悠々と椅子に腰掛ける。

 妻であるマッカは青ざめ、隣で縮こまっている。


「姫様、お可哀そうに。早く助けて差し上げたいわ」

「優しいなぁ我が妻は。犯人どもは仲間が刑に処されれば、己の命が惜しくなり、姫を返すだろう」

「……処刑を、するしかないのですね」


 これまで平凡な暮らしをしてきたであろうマッカには、処刑場はいささか刺激が強すぎるようだ。ここまで血が飛んで来ることはないから、汚れる心配などしなくてもいいのに。



「わかるか、マッカ。王たる者、千の民を救うために一を犠牲にする必要があるなら、決断しなければならないのだよ」

「はい、陛下」


 マッカを横目で見て、ガーニムは腹のうちでわらう。

 ガーニムが嘘を言っていることに一切気づかない無能。これからも余計なことを言わず、都合のいいお飾りでいてくれればそれでいい。



 ガーニムは高見台の手すりに手をかけ、あたりを見下ろす。

 シャムスはきっと来る。

 所詮、他人に世話をされなければ生きていけない小娘。住むところも食料もない隠遁生活に、長くは耐えられないだろう。

 そして何より、自分が家出したばかりに罪なき者が殺されることを、良しとしないはずだ。



 予定時刻となり、老いたドブネズミが兵二人がかりで押さえつけられ、処刑台のそばに連れてこられた。

 後ろ手に縛られひざまずくドブネズミは「わしは何もしていない!」と喚いている。


 愚かな国民たちは、「よくも姫を!」「最低の誘拐犯!」とめいめい声を荒らげ、老体に石を投げつける。

 これから断頭台に頭を押し込もうといういいところだったのに、場が急に騒がしくなった。

 市街から人混みに突っ込んでいく人物が現れた。 

 

「その人は誘拐犯なんかじゃない! 今すぐ開放しろ!」  


 誰かが高らかに宣言する。

 それまで密集していた人垣ひとがきが割れ、若い男が道を進んできた。

 髪を右側で結った、まだ二十歳にも満たないだろう男だ。服装はそこら辺の平民と変わらない。


 どういうことだ。こいつが誘拐犯でない事実なんて、平民は誰も知るはずがないのに。

 

「その人を処刑するのは間違っている」

「ま、間違いだと? 自分が何を言っているのかわかっているのか!」


 処刑台の前にいた兵が剣を構え、男を牽制する。鼻先に刃を向けられようとも、男は少しも怯えることなく答える。


「俺はファジュル。イスティハール・アル=ファジュル。アシュラフ王の息子だ」

「い、イスティハール……だと。何を馬鹿なことを」


 ファジュルと名乗った男の瞳は、イスティハール家の者が持つ青。

 面差しはアシュラフの生き写し。

 アシュラフの息子ファジュルの名は、公表しなかった。

 ガーニム以外でファジュルの名を知っているとすれば、名付けたアシュラフ夫妻、ガーニムたちの父、そしてラシードだけ。

 いいや、もう一人いるか。

 生き延びたファジュル当人。

 ガーニムがアシュラフを殺し、王位を簒奪したことも聞かされていることだろう。


 アシュラフの遺児が革命を起こそうとしている、あの噂は本当だったということだ。


 愚かな弟アシュラフのみならず、その息子までがガーニムの王政を邪魔しようというのか。

 

 コイツを消さなければ、玉座が奪われてしまう。

 怒りとおぞましさで、ガーニムの体は震えた。

 拳で手すりを叩き、高みの見物席から怒鳴る。


「ドブネズミごときが我が弟の息子をかたるか! 無礼だぞ!」

「俺が無礼者なら、自分の弟と父を殺したアンタはなんだというのだ」 


 この場に集っていた民だけでなく、兵たちにも動揺が走るのが見て取れた。

 ファジュルは言う。


「シャムス王女は己の意思で家出すると手紙を残しただろう。なのになぜ、存在するはずもない誘拐犯の処刑が行われる。大将ウスマーン、貴方にシャムスからの文を渡したはずだ」

「まさか君は、私が大将だと知った上であのハンカチを」

「ああ。あんたの人となりを聞いていた。とても真っ直ぐな男だと」

「聞いていた?」


 処刑する男を押さえていたウスマーンの馬鹿が、口を滑らせてしまった。

「家出ってどういうことだ」「誘拐されていないならあの処刑台の男は何なんだ」と民からも警備の兵からも困惑する声が広がる。


 まずい。これは非常にまずい。なんとかしないと、ガーニムのついてきた嘘が次々にバレてしまう。


「何をしているお前たち! そいつをつまみ出せ! さっさと誘拐犯を処刑せんか!」

「彼は誘拐犯でない。無実の民。なぜ無実だと知った上で殺す。貴方はそんな外道な人だったのか、ウスマーン」


 ファジュルはあくまでもウスマーンに問いかける。兵を引くも進撃させるも、将たるウスマーンの一声にかかっていると、わかっているのだ。

 ウスマーンに掴まれた老体は背を丸め泣き伏す。


「ファジュル、ああ、ファジュル……。お前はわしが無実だと言ってくれるのか。もう誰にも声が届かないと思っていた」

「あんたの人柄は昔から知っている。人を誘拐なんてできるような外道じゃない」

「うぅ、ありがとうよ、ファジュル。いい漢に育ってラシードも誇らしいだろう」


 老体がもらした言葉に、ウスマーンが揺らいだ。


「ラシード? そんな、まさか、お前……いや、貴方は本当に、行方しれずだったアシュラフ様のご子息?」

「……あぁ。俺を育てたのはラシードだ。隔て無く民を導く王になってくれと、父の遺言も託された。父と祖父がガーニムに殺されたことも聞いた」


 ウスマーンが、ファジュルとガーニムを交互に見る。

 これまでの比ではないほどに、あたりがざわつく。


 アシュラフの息子めが、これだけの民と兵が集う場でガーニムの罪を洗いざらいぶちまけてくれたのだ。許せるはずがない。

 

「ドブネズミを信じるな! 全て俺を陥れるための嘘だ! アシュラフの子を騙るそいつを捉えろ! 殺せ!」


 ファジュルに剣を突きつけていた兵は、どちらの言葉を信じていいか迷いながらも剣を振り上げた。


 ファジュルを斬り伏せようと振り下ろされた刃を止める者がいた。

 シャヒド・アル=アムル。

 放火の際、火に巻かれて死んだと聞いていたのに、生きていたなんて。そしてまさかガーニムを裏切り、ファジュルに与していたなんて。

 アムルはファジュルの盾になるように剣を構え、背にかばったファジュルに問いかける。


「ファジュル様。油断してはいけないと申し上げたでしょう。一人で勝手な行動は謹んでください」

「アムル。すまない、助かった」

「ファジュル様の護衛をすることが私の役目ですから」

「勝手なことを言っているとは思うが、俺は彼も助けたい。やれるか?」

「尽力します」


 彼、というのは誘拐犯・・・だ。

 ファジュルが短剣を抜き、さらに二人の男が飛び込んでくる。貧民と思われる男と、ルベルタ人の男。


「そういうことならオレも力を貸すぜ、ファジュル」

「己の腕を過信しないでくださいね」


 戦闘になると察した民たちが我先にと会場から逃げ出していく。

 会場を警備していた兵もその分厚い人の波になすすべもなく流される。


「アムル。死んだと聞いていたのに」

「死んだことにしないと、いつまでもガーニムの奴隷でしたから。今の私はファジュル様の剣。ウスマーン殿に勝てるとは思いませんが、ファジュル様の敵になるのなら、戦います」


 ウスマーン、そして処刑台付近にいたごく僅かな兵のみで戦うことになる。

 いっそガーニム自身が降りていって始末したほうが早いが、それを許されはしなかった。


「いけません陛下、妃殿下。危ないですので、ウスマーンたちが賊を始末するまで降りないでください。ここはこのバカラめが守りますゆえ! なあに。奴らが登って来ようものなら一突きにしてやりますよ!」


 高見台に警備としてこいつを置いたのが間違いだった。

 クソが。ガーニムは腹のうちで毒づく。

 

 ガーニムが歯噛はがみして見下ろす中、処刑台では戦いが始まろうとしていた。

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