第30話 人族の居住区
私は、竜都の外れにある寂れた地域に案内されました。
「ルシル様、ここが竜都で人族が住んでいるエリアです」
「ここがブラッドが生まれた場所なのね」
この場所は、竜都内で人族が集中して住んでいる区画だそうです。
竜人族が住んでいる地域と比べると、なんだか貧しそうな印象を受けました。
私が人族の居住区を視察していると、一台の竜車が広場に到着しました。
たくさんの木箱を運んでいるようで、居住区に次々と荷下ろしされていきます。
「ブラッド、あれはなんですか?」
「あれは国王陛下から
竜と人との親愛の証として、わざわざ国費を使って人族の居住区に竜茶を渡しているらしいです。
アイザックの父親である現国王は、平和主義者であり、種族だからといって差別をしない心の広いお方みたい。
「ここの人たちも、竜茶を飲むのね」
「昔は飲む習慣がなかったのですが、ここ2、30年前から竜茶も食卓に並ぶようになったようですね」
その竜茶について、ブラッドから興味深い話を聞きました。
人族は成人になるまでは、竜茶を飲んではいけないという古い習慣があるようです。
建国神話では、初代国王の妻である竜天女が竜茶を発明したけど、そのことが理由で若くして亡くなってしまった。
その竜天女は、私と同じ人族。
「人族は成人しないと竜茶を飲んじゃいけないっていう話は、竜人族は知っているの?」
「いいえ、誰も知らないでしょうね。なにせこの成人してからっていう話は、人族の年寄りに伝わるおまじないみたいなものですから。どうせ迷信だろうと
「そんな迷信みたいな話を、よくブラッドは知っているわね」
「私の場合は、ちょっと特殊でして……実は私が生まれた時には祖母は亡くなっていたんですけど、この成人してから竜茶を飲むようにっていうのが祖母の遺言だったんです」
その話、なんだか引っかかるね。
遺言にしてまでも、おまじないを孫に残すことってあるのかな。
カレジ王国で竜研究をしていた私の勘が、これだと
こういった場合のおまじないは、実は意味があることが多い。
「それに竜茶が庶民に広がったのは、ここ2、30年の話です。それまでは宮中のお偉いさんしか飲む機会がなかったんですけど、こんな旨いものを国民が知らないなんてかわいそうだと陛下が勅令を出して、いまでは誰でも竜茶が飲めるようになったんです」
数十年前までは、竜茶はお城の飲み物だった。
城内に人族はほとんどおらず、働いているのは竜人族ばかり。
つまり人族が竜茶を飲むようになったのは、つい最近のことなのね。
私がブラッドと話し込んでいると、建物から一人、また一人と人が出てきます。
みんなやせ細った体をしている。
そして彼らの肌には、鱗がない。
つまり、私と同じ人族なのだ。
「あの方は──もしや噂のルシル様ではないですか?」
「ルシル様だって!? そんな高貴な方が、こんな所に来るもんか」
「いいや、見なさいよ。あんなに高そうなドレスを着ている人族が他にいるもんですか」
「てことは、本物のルシル様ってことか!」
「あのアイザック殿下の婚約者の!」
「ルシル様、お会いしたかったです!」
「人族の希望の星だ!」
人がぞろぞろと出てきて、大勢の人たちに囲まれてしまいます。
ざっと100人くらいはいるかな。
みんな、私と会えたことを喜んでいるようでした。
そこで、私は異変に気が付きます。
この人族の集落にいるのが、大人ばかりということを。
「なんだか若い人ばかりね。お年寄りはどうしたの?」
「……年寄りは、いないんです。昔は子どもから年寄りまでたくさんいたんですが、ここ最近はバタバタとみんな倒しれてしまって……」
お年寄りだけじゃない。
子どもの姿も、まったくない!
こういうところに来れば、嫌でも子どもが遊んでいる姿を見かけるのに、ここまで姿が見えないなんて……。
「もしかして子どもも?」
「はい、子どもは病弱な子たちがほとんどで、家でじっと動かない子ばかりです」
「いったい、なんでそんなことに……」
「人族の子どもが大人になることは、いまでは珍しいんです。私の両親の時代は、そんなことなかったようですが」
原因は不明。
感染病なども疑われたけど、原因はわからなかったらしいです。
生き残っている人族もみるみるうちに弱っていき、力仕事をするのが厳しい人ばかりになってしまったのだとか。
それでも大人たちは竜人族に混じって仕事をしたけど、次々に倒れ、衰弱していき、そして亡くなってしまったとのことでした。
私が考え事をしていると、居住区の責任者だと名乗る老人が現れます。
しかも、この竜都で最年長の人間だそうです。
そんな長老さんが、私に話したいことがあるからと、面会を希望してきました。
「ルシル様は大変聡明な研究者だと伺いました。ですので、伏してお願いがございます」
「長老さん、頭を上げてください。私にできることなら、なんでもしますから」
ここにいるのは、私の数少ない同胞なのだ。
同じ人族として、少しでも彼らの手助けしてあげたい。
「非常に申し上げにくいのですが、このままでは竜都の人族は全滅してしまうことでしょう。働き手である若者たちも日に日に弱っていき、死者数は過去最高にまで膨れ上がりました」
そこで私は、事態の重さを認識します。
竜都の人族は、思っていたよりも深刻な状況だったのだと。
「ルシル様、お願いでございます。我々をお救いください」
長老さんが、近くの建物へと視線を向けました。
建物の中を確認しに行くと、大勢の子どもたちがベッドで寝ているのを目にします。
彼らはみな、やせ細っていて、生気がない。
このままでは命を落とすのも時間の問題。
この状況を改善できるのは、王族へ嫁ぐことになっている私だけだ。
長老さんから話を聞いた私は、さっそく行動に出ます。
「ブラッド、法務庁に行くわよ」
「え、いったいどうして?」
「調べたいことがあるの」
待っていて、みんな。
私が絶対に、助けてみせるから!
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