第22話 宣戦布告する令嬢

「お願い、ですか?」


「わたくし、以前からアイザック様のことをお慕い申し上げていました」


 お願いの内容を尋ねたら、突然リップルさんが告白してきて面食めんくらってしまいます。

 なんだったら、まだ私はアイザックに対する恋愛感情の返答をしていない。


 それでも止まらないといったように、リップルさんから感情があふれていきます。



「国同士の政略結婚をいまさらどうこうできないのはわかっております。ですから、まずはルシル様の気持ちを確かめようと思ったのです」


「あのう、もし私がアイザック……様に対して恋愛感情があったら、どうするつもりなんですか?」


「もちろんその場合は大人しく引き下がるつもりでした…………ですがこうして言葉に出したら、簡単には諦められない自分がいます。なので第二夫人でもいいので、アイザック様の妻になるつもりですわ」


 まさか第二夫人でもいいからアイザックの妻になりたいなんて宣言されるとは思ってもいなかった。

 竜人族の人の恋愛って、けっこう激しい感じだったりするの?


「こういうことは普通、ルシル様にお伝えするべきではないことはわかっております。ですが裏でコソコソやるのは好きではないので、こうしてきちんと宣戦布告をして戦おうと思ったのですわ」


 もしかしてリップルさんが私をお茶会に誘ったのは、このことを言うため?

 それに彼女の態度は柔和なままだけと、目はまったく笑っていない。


「まあわたくしがアイザック様を勝ち取って、ルシル様が第二夫人になる可能性もあるでしょう。その際はごめんあそばせ」



 そう、これは宣戦布告なのだ。

 リップルさんから、私への宣戦布告。

 なんだか向こうが譲歩しますみたいなふうに言ってはいるけど、本質は変わらない。


 この人は、私の婚約者を奪おうとしている!


 こうやって事前に宣戦布告してくるぶん、カレジ王国で私の婚約者を奪ったカテリーナ・マーズ子爵令嬢よりはマシだけど。


 ──万が一、アイザックがリップルさんのことを気に入ったら。


 ちょっと想像してみます。


 ある日、私はアイザックがいない寝室で夜を過ごします。

 でもその夜、アイザックは寝室へは帰ってこない。

 アイザックは第二夫人である他の女の寝室に行って、愛をはぐぐむのだ。


 アイザックが、私以外の女と共に過ごす。


 私の好きな人の手が、指が、他の女に触れる。

 あの唇も、他の女の唇を奪うのでそう。



 それはつまり、私だけのアイザックではなくなってしまうということ。


 なんだかそれって、すごくいや



「それにわたくしがアイザック様の妻になるのは、ルシル様にとってもメリットがあると思うのです」


「……一応聞きますが、いったいどんなメリットですか?」


「人族であるルシル様は、神竜族であるアイザック様と子供ができるかわかりません。だからその辺もわたくしがカバーしてあげることができると思うのです」


 竜である神竜族と、竜の血を受け継ぐ竜人族の間には、子供を作ることができる。

 だけど、人族では無理ってこと?


 まさか、私とアイザックには、子供ができない……?



「誤解しないでくださいませ。わざと言ったわけではないのです……竜天女様じゃあるまいし、ルシル様に子供ができなかったときのためにも、わたくしがアイザック様の妻になっていたほうが良いと思うのです」


 リップルさんはひとつ、気になることを言っていました。

 『竜天女様じゃあるまいし』って、どういう意味だろう。


「それでルシル様は、アイザック様へ恋愛感情はないということでよろしいのですよね?」


「……あります」


「はい?」


「私、アイザックのことが好きです」



 私のこの感情を、アイザック以外の誰かに話したことは、これまで一度もなかった。

 けれども、言わずにはいられない。



「私はアイザックのことを、愛しています」



 誰かを愛するということは、これまでよくわからなかった。


 処刑されることが決まったあの日、独房に入れられていろいろと考えたりもした。

 これが本当に恋愛感情なのかなと、悩むこともあった。



 だけど、いまならはっきりとわかる。



 これが、誰かに恋をするという気持ちなんだ!



「アイザックは私のものです。あなたなんかに、渡しませんよ」



 言ってやった。

 言ってやったよ!


 リップルさんなんて、唖然あぜんとしながら私を見ているよ。

 私のアイザックへの気持ちを聞いて、このまま引き下がってくれればいいんだけど。


 そんなリップルさんは、震える声で私のほうを見ながら呟きます。


「…………あ、アイザック様」


「そう、私はアイザックのことを心の底から愛しています」


「ち、違くて……う、うしろ」


「うしろ?」



 なんだろうと、振り返ってみます。

 すると、クールな顔をほころばせて頬を染めるアイザックと目が合いました。


 ──あ、アイザック!?



 なんで庭園ここにいるの!?!?

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