第16話 蒼竜のドレス

 アイザックの凱旋式兼、私たちの婚約式が行われる会場へと移動します。


 その際に、私が城の使用人と通り過ぎるたびに、誰もが驚いたようにこちらへと振り返っていました。

 使用人たなんて、なぜか私を見ながら感嘆の声を漏らしている。

 そんなに人族が珍しいのかな。


「アイザック、待たせたわね」


「いいや、俺もいま来たところ…………ルシル、その格好……!」


「どう、似合うかしら?」



 くるりと、一回転してみます。

 ふわりと舞い上がったスカートに、アイザックの視線が釘付けになるのがわかりました。


 控室にいる従者たちが「おおっ」と声を漏らし、アイザックは驚きのあまり息を飲んでいる。

 反応が上々だったことで、ひと安心してしまいました。


 そしてなぜか私の姿から目を離さないアイザックが、頬を赤く染めながらささやいてきます。


「ルシル、綺麗だ」


「ありがとう。アイザックのおかげよ」



 このブルードレスは、アイザックが用意してくれたものです。

 誰にでも好感度が高い色だし、お披露目にはもってこいでした。


 凱旋式の主役であるアイザックを食うこともなく、それでいて存在感もアピールできる。

 竜を模した金の刺繍ししゅうも、ジェネラス竜国らしくて素敵です。


 ──なんだかドレスが素晴らしすぎて、まるで自分も綺麗になってしまったように錯覚してしまうわね。


 というか、新しく侍女になたマイカが気合を入れすぎなのよね。

 こんなにおめかししたのは、生まれて初めてかも。



「やはりルシルの美しさがあれば、どんなドレスでも似合ってしまうんだな」


「冗談やめてよ。こんな高そうなドレス、初めて着たんだから」



 この装飾品ひとつで、家が一軒建ってしまうくらいの価値があるはず。

 恐ろしくて、ドレスの値段は聞けませんとも。



「アイザックも素敵よ。軍服なんて、着てるの初めて見たわ」



 アイザックの正装は、まさかの軍服でした。

 ジェネラス竜国の王太子が帰還した際は、軍服を着るのが習わしなのだとか。



「俺の軍服なんて、ルシルからしたら変に思うかもしれないな」


「ううん、そんなことない。むしろまたその格好をして欲しいくらい」



 軍服姿のアイザックが、格好良すぎるんだけどー!


 竜のデザインがちりばめられた礼服は、私の好みのドストライクでした。

 心に刺さりすぎて、油断するとよだれが垂れてしまいそう。


 その姿、最高すぎるよー!



「国に戻って来た王太子は、軍に所属する決まりなんだ。そのせいでこんな格好しているんだが、ルシルは気に入ってくれたみたいだな」


「ええ。今度、私のためにだけにその軍服を着て欲しいくらいには」


「ルシルのためなら、俺はなんだってするよ。俺の竜天女りゅうてんにょ様」


「……竜天女?」



 聞きなれない言葉が出てきたところで、婚約式のスタッフがアイザックへと近づいて来ます。



「殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」


「ああ、ルシル、ちょっとだけ待ってくれ」



 アイザックが、側近と最後の打ち合わせを始めました。


 その隙を見たかのように、ドラッヘ商会の商会長であるブラッドが、うやうやしく頭を下げてきます。



「ルシル様はいつ見てもお美しいですね。最高級のドレスをご用意いたしましたが、まさかここまで着こなすとは御見それいたしました」


「ブラッドにも苦労かけたみたいね。私のために、ありがとう」


「その蒼竜そうりゅうのドレスは、あの竜天女様を模して作ったものですから、かなり奮発させていただきました」



 竜天女──また、その言葉だ。


 どういう意味なのか尋ねようとしたところで。ブラッドが周囲に視線を動かします。

 周りに誰もいないことを確認すると、私に近付いてこっそりと耳打ちしてきました。



「ルシル様はもうお気づきかもしれませんが、我々人族はこの国では、かなりマイナーな種族です」


「ええ、そうみたいね」



 あんなに私に尽くそうとしてくれているあの侍女のマイカからですら、人族を下に見るような態度を取っていた。

 無意識なのかもしれないけど裏返してみれば、それだけ人族はこの国では影響力がないということなのかもしれません。



「ルシル様には苦労をおかけするかもしれませんが、この国では竜に近いほど崇高な存在だと思われています。竜の血を受け継ぐ竜人族は貴族のように傲慢であり、ただの人族は平民のような扱いを受けているのが実情です」


 ブラッドは優しい。

 おそらく私はこれから、多くの竜人族からの侮蔑の視線を受けることになる。

 それを事前に、こっそりと教えてくれようとしているみたい。



「アイザック殿下の婚約者が人族なのは許せないと、揶揄やゆする官僚や大臣もいることでしょう」


「大丈夫。竜の血を受け継ぐ竜人族から、馬鹿にされるかもしれないってことでしょう? なら大丈夫」


「ルシル様……」



 心配するブラッドをよそに、私はアイザックのもとへと足を動かします。

 アイザックの打ち合わせは終わったみたいで、私に手を伸ばしてエスコートしてきます。


「ルシル、行こうか」


「ええ、お願いします」



 ──竜人族。


 つまり、彼らの中には、あの竜の血が流れているということ。



「それってつまり、竜みたいなものってことじゃん。最高じゃない!」


「ル、ルシル?」



 あら、イヤだわ。

 興奮して、つい心の声が漏れてしまったわね。



 唖然あぜんとするアイザックの手を、しっかりと握り返します。



「さあ、行きましょうかアイザック!」



 竜人族という名の、竜の受け継ぐ者たちを観察しに!

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