第14話 竜の姿が見たい

 私とアイザックの視線が交差します。

 そのまま顔と顔がくっついて、吸い込まれてしまいそう。


「ルシル……俺はこの日を、どれだけ待っていたかことか」


「あら、私もよ。こんなに興奮したのは、人生で初めてかも」


 アイザックの唇が、徐々に近づいてくる。

 私はその唇を腕で払いのけ、アイザックのシャツのボタンに手をかけます。


「ルシル、そんなにかさなくとも、キスくらいいだろう?」


「キス? 研究にキスは必要ないと思うけど」


「…………研究?」


「ええ、だって研究させてくれるんでしょう?」



 二人の間に、沈黙が流れます。


 あれ、私…………なんかやっちゃったかも。



「まさか、研究対象の竜として、俺の体を見たいのか?」


「もちろんそうだけど、他になにか意味が──」


 そこで、ふと気が付きます。

 アイザックは恋人として、私に期待していたのだと。


 まさかさっきの話って、男女の性の研究をしようって、意味だったのー!?!?



「そ、そういうのはまだ早いというか、心の準備がというか……」


 だって私たち、まだ付き合ったばかりだし!


 ジェネラス竜国に来るまで一か月はかかったけど、ずっと移動していたからそっちの進展はまったくなかった。

 助けてもらった日にキスはしたけど、それ以来、特にそういったことはしていなかったし。



「それに私は、竜研究しか脳のない女だから、殿方が好みそうな女性じゃないし……」


 現に、婚約者であったクラウス殿下は、派手でグラマーな子爵令嬢を新しい女にしていた。

 自慢じゃないけど、私って男受けは良くないと思うんだよね。


「そんな戯言、二度と言うな」


 アイザックが私の腕を掴む。

 その瞬間、ドクンと心臓がひと際大きくなりました。



「これが、俺がルシルのことを好きな証拠だ。理解したか?」


「…………理解、しました」



 一か月ぶりの口づけは、甘い味がしました。


 ちょっと硬くて、でも柔らかくて、温かい感触。

 その動作から、私のことを大切にしているのが、伝わってきました。



「俺は、竜研究が大好きで、どんな相手にもへりくだらない頑固な性格で、そしてなによりも竜に一途なルシルだからこそ好きになった。ルシルのすべてを愛している……だから、そんな自分を卑下ひげするようなことは、二度と言うな」


「そうね、アイザックの言う通りかも」



 元婚約者のせいで、変な先入観を持ってしまったのかもしれない。

 せっかく新天地で第二の人生が始まったのだから、いままでの古い私のからは、もう脱ぎ捨てても良いのかもしれないわね。


 だというのに、こんな甘いムードであっても、竜の姿が見たいという衝動を抑えることができなかったのだ。

 竜が好きすぎる、私の煩悩ぼんのうが恐ろしい。


 でも冷静に考えると、恋人としては失格だったのかもしれない。


 ど、どうしましょう。

 これでアイザックに嫌われでもしたら……!



「だからそんな顔するな。ルシルが竜のことを第一に考えるのは、り込み済みだ」


「つ、つまり?」


「これくらいでは、俺の気持ちは変わらない」



 アイザックのその言葉が、胸を温かくしてくれる。

 婚約を破棄され、処刑までされそうになった私にとって、その言葉は何よりも身に染みるものでした。


 だからこそアイザックになら、何をお願いしても許してくれる。


 そう、安心することもできた。


 だから──



「さっそく、竜研究をさせてもらうわよ!」



 これまでの私たちの関係は、研究者と助手だった。

 それから恋人にもなれたのだから、研究者と研究対象という、新しい関係だって築けるはず。



「やっぱりこうなったか……それで、俺は何をすればいいんだ?」


「じゃあまずは、裸になってちょうだい。もちろん、竜の姿に変身してね」


「……わかった」




 それから私たちは、城の外へと出かけました。


 森の奥底の、誰からも見られない場所に移動した私は、黒竜となったアイザックの体を、思う存分に観察したのでした。



「ルシル、もう夜だ。そろそろ帰らないと」


「まだスケッチが足りないわ。もっと観察しないと」


「ルシル、暗くてもう見えないだろう? だからそろそろ帰ろう」


「このうろこ、私を処刑台から助けるときに、魔法をねのけてたわよね。どういった仕組みなのかしら」


「…………ルシル」


「きゃあっ!」


 竜から人の姿に戻ったアイザックに、抱きかかえられてしまいます。

 これってもしかして、ぞくっていうお姫様抱っこってやつ?


「ルシル、帰るぞ」


「……わかりました」


 10年前から変わらない、研究者と助手の関係。

 私を止めるのは、いつもアイザックの役目だった。



「俺は決めたぞ、ルシル」


「なにを決めたの?」


「明日、ルシルとの婚約式を決行する」



 私とアイザックの性関係は、早くも次の段階に進もうとしていました。

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