第11話 学園のアイドルの襲撃

「ねえ」


 それは昼休みのことだった。

 別の友達と昼食を食べていた結が俺の机までやって来た。


「なんだよ?」


「白河さんが呼んでるよ」


「白河が?」


 結に言われて教室の外を見ると、白河が居心地悪そうにしていた。しかしそれを態度に出すと仮面が剥がれてしまうので精一杯平然を装っている、が、俺にはなんとなく分かる。


 そして、通りがかった男子に話しかけられては愛想を振りまいている。学園のアイドルっていうのも大変なんだなと思わされてしまった。


「なんで結が呼びに来たんだよ」


「飲み物を買いに行って帰ってきたら教室の前にいたの。どうしたのってきいたら、こーくんに用事があるみたいで」


「自分で呼びに来たらいいのに」


「他のクラスってなんか入りにくいじゃない?」


「白河レベルの有名人ならそんなの気にならなさそうだけど」


「早く行ってあげなよ」


「そうするわ。あとが怖いし」


 俺の発言に結がクエスチョンマークを浮かべる。結はまだ白河の本性を知らないのか? 同じ学年で同じ部活の仲間になった結の前でアイドルモードを貫くとは思えないけど。


 そういえば。


 結が転校してきた当初こそ、美少女転校生に言い寄られるモブ男として一躍時の人となった俺は『八神死ね』というトレンドワードで話題になったりもしたのだが、結の圧倒的アプローチを目にした男共が徐々にそれを受け入れていった。

栄達の話だと、今では『月島さんが幸せならそれでいい』という意見の方が上回っているんだとか。ただその中で結のアプローチを受けてなお付き合おうとしない俺に殺意を抱き『八神死ね』と口にする生徒はいるんだとか。結局俺への感情は変わってないんだよなあ。


 そんなことはどうでもよくて。


「あの」


 クラスメイトの男子生徒数人に囲まれている白河に恐る恐る声をかける。俺の顔を見た白河がぱあっと表情を明るくした。どんだけその状態が嫌だったんだよ。


「ごめんなさい。私、八神くんにちょっと用事があって」


 手を合わせて可愛らしく一言詫びを入れる白河。その仕草や声色、すべてが男子に受けるツボを抑えてあり、普段見ている素の白河とのギャップに相変わらず驚かされる。


「いえいえ、大丈夫ですー」


「またいつでもうちのクラスに来てくださいね」


 と男子生徒は笑顔で言うが、俺と白河がその場を離れると「また八神かよ」「月島さんだけじゃなく白河さんにまで構ってもらうとか」「八神死ね」と好き勝手言っている。俺のクラスでの評価が着々と下がっていってる。


「ひどい言われようね。なにかしたの?」


 さっきのが聞こえていたらしい白河が自分に非があるとは思ってもいないように言う。原因の半分はお前にあるんだけどな。言ってもまた言い返されるのがオチだから言わないけど。


「なにもしてないから困ってるんだよ」


「へんなの」


 眉をへの字に曲げながら白河が言う。


 どこへ向かっているのかは分からないが、俺はとりあえず前を歩く白河に黙ってついていくことにした。


「俺になにか用事があるんだよな?」


「コータローの分際で私に用事を作ってもらえると思っているのなら傑作ね。笑いが止まらないわ」


「なら笑えって」


 こちらを向く白河の表情はいつもどおりの真顔だった。


「でも、待ってたんだろ?」


「ええ。随分と待たされたわよ。コータローってばこっちの存在には気づきもせずに小樽と楽しそうに雑談しちゃって。ストレスが溜まって仕方なかったわ」


「本気か冗談かはわからないけど、なら呼んでくれればよかったのに」


 あと、俺そんな栄達と楽しそうに会話してた覚えはないんだけどな。


「なによ、教室の前からあなたの名前を大声で叫べって言うの? あるいは、クラスメイトの誰かにあなたを呼んでもらえと? 冗談はやめてよ」


「一切冗談は言ってないんだけど」


 結局のところ、結に呼んでもらってるわけだし。

 白河の言いたいことは知らないクラスメイトってことなんだろうけど。


「ていうか、それなら携帯で呼んでくれたりすれば」


 瞬間。

 ぴくりと白河の体が揺れた。


 同時に彼女がまとっていた空気が一変した、ような気がした。前を歩く彼女の表情は今は伺えないけど、なんとなくその顔を見るのが怖いなあと思うくらいにはピリピリした空気を放っている、ように思える。


 気づけば、ひと通りの少ない階段の踊り場に連行されていた。この先は入れもしない屋上があるだけなので一人になりたいぼっちか、いちゃいちゃしたいカップルくらいしか来ることはない。


「コータロー」


「はい」


 名前を呼ばれて俺はびくっと怯えてしまう。

 彼女の鋭い目つきからはそこはかとないイライラを感じる。いつの間に俺は地雷を踏んでしまったのだろうか。思い返してみるが、特にこれといって思い当たる節はない。


「あなた、小樽の連絡先は知ってるわよね?」


「そりゃ、まあ」


 一応、友達だし。親友かどうかは置いておいても友達であることはたしかだし。

 急にどうしたんだろ。


「月島さんの連絡先も知ってるわよね?」


「なんで知ってるの?」


「あの子がこれでもかというくらいに惚気けてくるからよ」


「なんか、すみません」


 謝ってしまった。

 結のやつめ、よく分からないけど余計なことをしてくれるな。


「部長の連絡先も知ってるわよね?」


「知ってるけど、それはお前も知ってるだろ?」


 一体どうしたんだろうか。

 さっきからなにが言いたいんだろうか、と俺は必死に頭を回す。すると、白河はわざとらしく呆れたように盛大な溜息をついた。


「そこまで思い当たることがないような顔をされるのは不愉快というかさすがにちょっと落ち込むわね。まったく、コータローの鈍感さといったら、それだけで天下を取れてしまうくらいのレベルだわ」


「いや、取れないと思うけど……」


 しかし、言われてようやく合点がいった。

 俺はポケットからスマホを取り出して白河に見せる。


「そういえば、連絡先交換してなかったっけ?」


「ええ」


 冷たい一言で返ってくるが、そこにさっきまでのような棘はない。どうやら、当たりを引いたらしい。


「なんか、連絡先を交換してないってことも忘れてたわ。もう既に交換してるような感覚だった」


「コータローは私の連絡先を知らなくてもこれっぽっちも問題ないから気づくことすらなかったのね」


「いや、でも連絡取り合うような要件もなかったし」


「用事がないと連絡もくれないのね?」


「メッセで雑談繰り広げるようなタイプじゃないだろお前」


「偏見でものを言うのはやめて。言っておくけど、私クラスの間では返信が遅いことで有名なのよ」


「この流れだと、普通は返信が速いことを自慢してくるはずなんだけど。それだとなんのフォローにもなってなくないか?」


「返事が遅くてもちゃんと返してるというアピールよ」


「遅くても返事はちゃんとするから私とメッセージを交わしなさいってこと?」


「コータローがどうしてもって言うんなら雑談を交わしてあげてもいいってこと」


 言いながら、白河はバツが悪そうに視線を逸らす。

 負けず嫌いで意地っ張りで、素直じゃなくて強がりで。


 学園のアイドルというイメージからは想像もつかないような彼女の本性には思わず笑みがこぼれてしまう。その姿を可愛いと思ってしまったから、今回は俺の負けでいいだろう。


「それじゃあ交換してください」


「仕方ないわね。暇なときに相手してあげるわ」


 そうして、俺は白河と連絡先の交換をした。

 これって俺の方からなにか送った方がいいやつなのかな。いつまでも放置しているとまた面倒な絡みをされそうだし。でもこういうときの適当な話題ってあんまり思いつかないんだよなあ。


「それじゃ、俺は戻るわ」


 白河の目的もこれで果たされただろう、と思い軽く手を上げてその場から去ろうとする。


「ええ、じゃあまた」


 白河もふりふりと小さく手を振って見送ってくれた、かと思いきや歩こうとした俺の肩を思いっきり掴んできた。


「って、そうじゃなくて!」


「ノリツッコミ!?」


「要件はまだ終わってないわよ」


「連絡先の交換じゃなかったの?」


「話が脱線しすぎてそもそも本題に突入すらしてないわ!」


「まじかよ。もう疲れたんだけど」


「私の相手をしていると疲れるみたいな言い方やめてくれるかしら」


「そう言ってる――いえなんでもありません」


 軽く睨まれたので訂正しておく。

 これも省エネというやつだ。そろそろ教室に戻ってゆっくりしたいし、最短ルートで要件を済ませよう。


「それで?」


「コータロー、私とした約束忘れてるでしょ」


「……なんだっけ」


 思い返してみたが覚えがない。俺がそう言うと、白河は「やっぱりね」と予想通りの返事に呆れたように吐き捨てた。


「ケーキ」


「なに?」


「新歓のとき、ケーキ奢るって言ってたでしょ。その約束をいつまで経っても果たしにこないから催促しに来たのよ」


「あー」


 そういえばそんなことも言ったような気がしないでもない。正直あんまり記憶にはないけど、白河がこう言ってるんだから、きっと言ったんだろう。


「わかったよ。今日の放課後でいいか?」


「えらくあっさりと受け入れるのね。コータローのことだからてっきり言い訳を並べて逃れようとしてくると思っていたわ」


「いや、約束したって言うならちゃんと守るよ。そういう嘘をつくようなやつじゃないことは分かってるし。ていうか、俺が言い訳して逃れようとしたらどうしてたんだよ?」


「もちろんあらゆる手段を用いて納得させるつもりだったわ」


 早々に受け入れて正解だったらしい。

 ということで、その日の放課後、俺はしっかりと約束を守り、彼女にケーキをご馳走したのだった。

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