第四章 破壊の権化
第四章 1-1 決意するこのみ
* 1 *
「訊きたいことがあるだけなんだからさぁ、答えてよ」
言って女子生徒は、スカートが翻るのも気にせず、頭を守っている腕を靴底で蹴ってくる。
濃紺のブレザーの袖に、新しい靴跡が残った。
――あぁ、また洗わないと。
もうブレザーには靴跡がついていない場所の方が少ないくらいに蹴られていて、尻餅を着いているスカートも地面にこすれて真っ白になっていた。
それでもこのみは、換えの制服の袖口のボタンをつけ直してあったかどうかを考えていた。
相変わらずの校舎裏。相変わらずの校舎と倉庫の隙間。
その近くには監視カメラはなく、近くに窓もないため、よほど大きな声でも出さなければ誰かが駆けつけてくることもなかった。
まさにいじめの現場にするような場所で、長い間そのように使われていたらしく、壁に残っているのは殴った跡や焦げ跡、それから、黒い何かが染みついた跡だったりした。
事なかれ主義の担任は明らかに靴跡がある制服を見ても転けないように気をつけろと言い、いじめを訴えても話し合うように言うだけだった。
蹴られても殴られてももう痛みすらたいして感じないこのみにとっては、いま目の前にいる三人の女子がやっている行為すら、どうでもよかった。
――なんで、私がこんな目に遭わないといけないんだろう。
理由が、よくわからなかった。
ただただ、理不尽だった。
教室の中では目立たないように努めて、静かにしているだけだった。いることすら忘れられるくらいに努めていたのに、どうして彼女たちがちょっかいをかけてくるのか、わからなかった。
でもいまは、そんなことすらもどうでもいいことのように思えていた。
「だから訊いてんだろ。お前、琉星たちに何したんだよっ」
「……りゅうせい?」
記憶にない言葉を聞いて、このみは顔を守っていた両腕を少し下げ、首を傾げながら訊き返していた。
「アタシの彼氏だよっ。莫迦だから三人でオタク狩りに行くとか言って日曜出かけて、よくわかんないけど死にかけで病院に運ばれたんだっ」
「……へぇ」
――死ななかったんだ。
続く言葉は、口にしなかった。
口に出すほど強い想いもなかった。
それよりも生きていることの方が不思議だった。
黒く大きな怪物によって、少なくともひとりは腹を裂かれていたのだから、死ななかった方が不思議に感じていた。
――誰かが助けたのかな。
三人の男子たちに興味はなかったが、このみはそんなことを考えていた。
「昨日やっと意識が戻ったのに、あんたの名前呟いてずっと震えてんだよっ! あんたが何かやったんだろっ! 何やってあいつらを病院送りにしたのか言えよ!! もっと酷い目に遭わせてやるから!!」
「私は、何もやってないよ」
――やったのはゾディアーグだよ。
そう続けようとしたけれど、言えなかった。
もう三体も怪物をリアライズしているのに、思い返してみるとあまりに非常識で、声に出して言うことができなかった。
「ぷっ」
それよりもマンガのキャラクターに殺されかけた男子たちが見せた表情を思い出して、それが妙にツボにはまって、噴き出してしまう。
「何笑ってんだよ!」
ガツン、と強い衝撃が頭に走った。
こめかみをつま先で蹴りつけられ、眼鏡が飛んでいった。
「やり過ぎだよっ」
「だってこいつが言わないから!」
「それでも見えるとこに怪我させたらさすがに問題になるって」
何かが垂れてくる感触があったが、気にならなかった。揉めている三人の女子のことも気にならず、このみは校舎の壁に当たって地面に落ちた眼鏡を拾い上げ、立ち上がる。
「あぁあ、ヒビは入っちゃった。お気に入りだったのに」
片方のレンズにヒビが入っている眼鏡を掛け、ため息を吐く。
「ねぇ」
「な、なんだよ。赤坂ごときが声かけてきてんじゃねぇよっ」
呼びかけると威勢の良い言葉が返ってくるが、声には言葉ほどの元気はなかった。
――なんだ、この程度なんだ。この人たちも、あの人たちも同じ。
背は三人の方が高いのに、小さく見える女子たちを見据えて、このみは言った。
「あんたたち、つまんない。邪魔なだけ。だから死んで。うぅん、私が殺す。あなたたちだけじゃなくて、全部。友達も、学校も、街も、全部いらない。全部全部、もういらない!」
最後は叫び声になったこのみは、手の平を上に向けた左手を胸の前に持ってくる。
――あ、そっか。スマートギアもリアライズプリンタも家だった。取りに帰らないと。
そんなことを考えながらこのみが一歩前に進み出ると、三人は一歩後退った。
「何なんだよっ、お前! 気色悪いんだよ!」
「どいて。後であんたたち全員殺すから」
「何かヤバいよっ。本格的に壊れちゃったよ。追い詰め過ぎたんだよ!」
「逃げよ。どうせ言葉だけなんだから、ほら!」
恐れるように顔を強張らせ、三人は走っていってしまう。
もう彼女たちのことすら気にならないこのみは、教室の荷物を取りにいくために、昇降口に向かってゆっくりと歩いていった。
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