第三章 4-2 怪異の討伐者
*
酔いが回ってくらくらする頭に手を当てながら、パンツスーツの着た女性は、人通りの少ない道を歩いていた。
毎日のように通っている道だったが、飲み会で遅くなり、寝静まっている左右の家々からは音がほとんどせず、慣れた道のはずなのに不気味さを感じるほどだった。
立ち止まってこみ上げてきた吐き気を飲み込み、再び歩き始める。
「……なんだろ、これ」
ちょうど通りがかかった街灯の下に、何かがいた。
太いドラム缶の上に空飛ぶ円盤を乗せて手脚を生やし、青や赤や白など鮮やかな色で塗ったそれは、どこかで見た何かのマスコットキャラクターの着ぐるみだった気がした。けれど酔いが回って働かない頭では、名前すら思い出すことができなかった。
若干気色の悪さもあるが、割と可愛らしい着ぐるみが何故こんなところにいるのかと思いつつ、鞄を持っていない右手を伸ばして微動だにしないそれを撫でてみようとする。
「うっ……」
触れようとした一瞬、円盤の上に突き出た目が動いて自分を見つめたような気がして、女性は手を引っ込めた。
思い返してみると、こんな夜遅くに着ぐるみがいるのはおかしいように思えた。
酔っていてわからなかったが、何かがおかしいように感じていた。
朝になって明るくなってからもう一度この道を通ってみようと思いつつ、すれ違うように着ぐるみから遠ざかる。
その途端、腕を引かれたような気がした。
鞄を持っていた左腕が、引っ張っても動かなかった。
嫌な予感に振り返って見ると、着ぐるみが、噛みついてきていた。
口のようになっている円盤の真ん中が開き、手の間近、鞄の把手の付け根のところまでが、前屈みになった着ぐるみの口の中に没してしまっている。
わずかに開かれた口の中には、街灯の光を照り返す鋭い牙が無数に並んでいるのが見えた。
「ひっ」
悲鳴を上げようとしたのに、声が出なかった。鞄から手を離して逃げようと思ったのに、腰が抜けて尻餅を着いてしまった。
身体を起こして鞄を空中に放り上げた着ぐるみは、そのまま鞄を噛み砕き、飲み込んだ。
「いや……。いや……」
逃げないといけないのはわかっていても、腰に力が入らなくて立ち上がれなかった。助けを呼ばないとと思っていても、声は喉で詰まって口までは出てきてくれなかった。
大きく口を開いた着ぐるみ。
歯というより、粉砕器か何かのような、赤い口の中のあらゆる場所に無数の牙が並んでいる。
ゆったりとした動きで女性に近づく着ぐるみは、牙の間に唾液のような糸を引きながら、頭から女性に噛みつこうとする。
声も出ない女性が涙と鼻水を流しながら目を見開いたとき、牙が見えなくなった。
死んだのだと思ったが、身体に痛みはなく、無事な両手を確認することもできた。見ると、口を閉じてノタノタと後退っていく着ぐるみの鼻先に、大振りのナイフが突き刺さっていた。
「あー。これが例の怪物かぁ」
とくに驚いた様子もなく、面倒臭がっているようにも聞こえる声音で言いながら、女性と着ぐるみの間に立ったのは、輝美。
「よいしょっと。あ、さっさと逃げなさい。こんなのに食べられたくなかったらね」
おもむろに着ぐるみに近づいて蹴りつけながらナイフを抜いた輝美は、振り返って女性にしっしと手を振る。
「う、う、ううぅあーーーっ」
やっと悲鳴を上げることができた女性は、這いずるようにしながらも意外に速い速度で逃げていった。
「まるでワタシが怪物みたいな悲鳴を上げて、失礼しちゃうわね、まったく」
輝美に鋭い視線を向けてくる着ぐるみの鼻先にはナイフが刺さった跡である穴が残っているが、血などは流れていない。再び口を開け、ゆっくりと輝美へと迫ってきていた。
「生き物ってぇわけじゃないみたいね、こいつ。和輝から聞いてたけど、けっこう面倒臭そうな奴ねぇ。ま、いいんだけどさ」
頭が裂けるほどに大きく口を開いている着ぐるみを見ながら、ナイフを水平に構えた輝美は、ニヤリと口元に笑みを浮かべていた。
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