なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~

小峰史乃

第一部 序章

第一部 序章 魂の終焉

 ――あ、これはもうダメだ。


 直感的に俺はそう感じていた。

 首から下の感覚が、ない。


 手も足も千切れたり、身体を失ったわけでもないだろうけど、繋がってる感触がない。動かそうと思ってもどうすることもできない。

 痛いとか苦しいとか熱いって感覚も、ほんの少し前まであったはずなのに、それもない。

 ただ俺は、真っ暗な中で、意識が遠退いていく感触とともに、急速に死に近づきつつあることを意識した。


 澄んだ金属音がして、続いて何かがぶつかる音がした。それから、真っ暗だった場所に光が差し込む。

 話しかけてきてくれているらしい音は聞こえていたけど、意味はよくわからない。ヘルメットを被ったままだから、差し込む光は目線の下の方に見えるだけで、目の前は真っ暗なまま、声をかけてきてくれる人の姿は見えない。

 誰かが、俺の頭からヘルメットを脱がせた。


 海のように深い碧色。


 俺のことを見つめるふたつの瞳は、日本人では、いや、生きている人間ではあり得ないほどの、宝石のような美しい碧色をしていた。

 戦いによって煤けてしまっていてもなお白い肌。

 美術品のような完璧とも言える造形をしながらも、生きた人間の柔らかさを感じる顔立ち。

 それそのものが装飾品のような桜色の兜の下から伸びる絹糸に似た金色の髪は、兜以上の光を放っているみたいだった。


 戦乙女、エルディアーナ。


 比喩ではなく、文字通り物語の中から飛び出してきた彼女は、完璧とも言える美しさだった。

 手甲に覆われた彼女の手が光に包まれ、俺の身体をなぞる。でも、俺の身体の感覚は戻らない。

 それも仕方がない。

 戦の精霊でもあるエルディアーナの治癒術は決して万能じゃない。たとえ致命傷でも生きる望みのある者なら治癒力を高め、傷を癒すこともできるが、生きる望みのない奴には、いまの俺のような奴には、まったくの無力。


 そう、俺が設定したのだから。


 見開かれた彼女の目が、涙に揺れる。

 何かを叫んでるのはわかるのに、俺にはもう彼女の心地良い澄んだ声も聞こえない。


 ――俺はなんで、エルを泣かせてるんだ。

 そんなつもりで、俺は彼女をこっちの世界に引っ張り込んだんじゃない。こんな風に泣かせるために、俺の造った物語から喚び出したんじゃない。

 でも手を動かすこともできない俺は、彼女の頬に伝って俺の頬を暖かく濡らす涙すらも、拭ってやることができない。


「ゴメン、な、エル。お前の勇者を、魂の伴侶を、一緒に探すの手伝うって、約束したのに、約束を、守れそうにない」


 息ができてるかも自分ではわからない俺の言葉が、ちゃんと声になってるかは、自分でもわからない。

 それでも俺は、これ以上泣かなくて済むよう、涙を流し続けるエルに向かって言葉を紡ぐ。


「エルは、こんな風に泣く奴じゃ、ないだろ。もっと、強くて、気丈で、悲しいことがあっても、人の前で、俺なんかの前で、泣くような性格してないはずだろ」


 俺の言葉を否定するように、エルが左右に首を振る。手甲を外して、白くて長い指を、俺の頬に添えてくれる。


「もう俺は手伝えないけど、エルは自分の幸せを探せ。魂の伴侶を、お前が愛せる人を探せ。この世界では見つからないかも知れないけど、エルなら、この世界でも生きていけるはずだ。この世界でなら、平穏で、平和な生き方を見つけられるはずだ。そのために、俺はお前をこの世界に、リアライズしたんだから」


 いままで言えなかった言葉を口にする。

 これまでは恥ずかしくて、上手く言葉にできなかったこと。

 でももう俺は死ぬ。

 最期くらい、恥ずかしいことを言っても、本当の気持ちを言ってもいいだろう。


「俺の都合でたくさんつらい目にも、悲しい想いもさせたけど、俺は本当は、お前に笑っていてほしかったんだ。笑顔でいられる世界で生きてほしかったんだ……」


 口を動かすこともできなくなって、最期の言葉を言い切ることもできない。だから、さよならは言わない。

 視界も徐々に暗くなっていって、いよいよ俺は死を覚悟する。

 ぼやけていく世界の中で、ただエルディアーナの顔だけは鮮明だった。

 彼女は、泣きながら、穏やかに笑む。


 ――そうだ、エルのそんな笑顔が見たかったんだ。


 急速に暗くなっていく視界の中で、彼女に笑みを返す俺の顔が映った碧い瞳が近づいてくる。

 目を閉じ、最期の息を漏らしたとき、唇に何か柔らかいものが触れたような気がした。

 でもそれが何なのか確認することもできず、魂が引っ張られるような感触に身を委ね、俺は意識を、自分の命を手放した。

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