番外編⑫  一ノ瀬結菜







中学最後の大会、0対0で迎えた六回裏。



ショートゴロが来た瞬間、

反射的にベースカバーのセカンドを見た。


いける。——ゲッツー。


 


全力で、投げた。


 


 


ブチッ


 


 


音なんてしてないのに、そんな風に聞こえた。


一瞬、


右肩がどこかにちぎれたみたいに熱くなった。


次の瞬間、右手が動かなくなった。


 


ボールは大きく逸れて、


セカンドが必死に飛びついてくれたけど、


間に合わなかった。


ランナーが回って、試合は負けた。


最初で最後の暴投送球ミス



試合が終わっても、

肩の痛みは消えなかった。


ユニフォームのまま、グラウンドの隅でしゃがみこんで、

右手を抱えたまま、立てなかった。


 


みんな、泣いてた。でも、誰も責めなかった。


「仕方ないよ」って、


「最後までよく投げたね」って。


それが余計に悔しくて。


悲しくて。


申し訳なくて。


一番つらかった。


 


「ごめん」って、セカンドのあの子に。

 何度も、言った。何度も、言われた、


何度言っても、許されない気がしてた。


 


肩の違和感は中3の春からずっとあった。


誰にも言えなかった。


言っちゃいけないと思ってた。



「エースだから」

「みんなの希望だから」



自分で勝手に背負ってただけなのに。


 

そのあとの検査で、手術を勧められた。


手術をしても試合に戻れる可能性は少ない。


もう、試合に戻れない。


戻っても、また同じことになりそうで。


いろんなことが怖くて、逃げた。


——それでも


逃げるって言う選択で、


甘えてた自分がいちばんイヤだった。


 


 


原高校からのスカウトの話も全部なくなった。


親も先生もみんな「他の道を考えよう」って言ってくれた。


でもそれが逆に、

「もうお前にソフトはないんだ」って言われてるみたいで、苦しかった。


 


 


だから、陵灯ここに来た。


ソフトのことを何も言われない場所で


「普通の子」として過ごしたかった。



入学してすぐにソフトから何度も誘われた。


誰も、私が肩を壊してソフトから身を引いたって知らないから。


本当にきつかった。


 


あのとき、冬弥がいてくれてよかった。


「こいつはうちのマネージャーなんで」


本当は全然、運動部に入るつもりなかった。


なんなら、軽音楽にでも入ろうかな、


って思ってた。


その後、冬弥あいつが、


「野球部マネ、向いてると思うよ。未練あるんだろ?うちで果たそうぜ。」


って言ってくれて——


初めてもう一回だけ


スポーツに関わってみようかなって思えた。


それでも、いまだに夢を見る。


試合の日の、あの投げた瞬間。


ちぎれるような痛みと、みんなの顔。


私は、きっとまだ自分のことを許せてない。


でも——


誰かが無理してるとき、


「無理しなくていいよ」


って言ってあげられるマネージャーでいたい。


あと2ヶ月。


あのときの私みたいに痛みを隠してまで頑張ってる子を、一人でも減らせるなら。


少しずつでも自分を取り戻せる気がするから。


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