第13話 姉と弟

 バレンタインの翌週になり、先日実施された期末テストの成績が返ってきた。


 得意科目である数学と理科は何とかこれまでの水準を維持できたものの、他の教科は軒並み成績を落とす結果となった。

 外はいいお天気だったが、私の心はどんより曇り空だ。

 

 ――やっぱり、年末年始から少し浮かれてたのかな。


 自覚はあった。次回からはテスト勉強を疎かにせず、しっかり取り組もう。

 


 3月に入り、私の周りも少し環境の変化があった。

 弟の啓太けいたが小学校を卒業。これを機に、私と啓太は別々の部屋になった。中学生になるにあたって、毎日姉と同じ部屋で寝るのには抵抗が出始めたのかもしれない。


 それに加え、啓太は少しずつ私と距離を置くようになった。話をしても以前の様に会話が弾まず、すぐに自室に戻ってしまう。


 明確なきっかけがあったかどうかは分からないけど、先日のバレンタインは一つのターニングポイントになったような気がする。

 啓太にとって姉が異性の為に張り切る姿や、その挙句に火傷して泣きじゃくっている姿は、あまり気持ちの良いものではなかったのだろう。

 

 ある日の放課後、私は啓太について誠也せいやに話をしてみた。誠也は親身になって私の相談に乗ってくれる。

 私が一通り話をすると、誠也は難しそうな顔をして、腕を組みながら言う。


「う~ん、俺は兄弟がいないから正確には分からないけど、この時期の男の子なら、それが普通の反応なんじゃないのかなぁ?」

「うじょ~。やっぱそんなもんかね~」


 私は廊下の壁に背を預けて、ため息をつきながら伸びをする。


「仮に俺に姉がいてさ、その姉に彼氏が出来たらちょっと複雑かもな。そういえば、弟さんには俺のこと話してるのか?」

「うにゃ、直接話したことはたぶんないと思う。でも、多分私に彼氏ができたことは分かってるんだと思うんだよね」

「それなら、尚の事避けたくなるよね。気になっても直接話事も出来ないしさ」

「そっか、そうだよね……」


 確かに、私は知らず知らずのうちに、啓太に嫌な思いをさせていたのかもしれない。

 眉間にしわを寄せながら啓太のことを考える私に、誠也は明るい笑顔で言った。


「まぁ、それほど気にしなくても良いんじゃない?」

 


 3月24日。小雪の舞う中、春休みが始まった。

 火傷したところは水ぶくれも治り、もう包帯をする必要は無くなったが、うっすらと赤い跡が残った。

 もしかしたら、神様が私を戒めるために残したのかもしれない。


 春休みは年度末で先生方も忙しく、よってほとんど部活もなかった。

 私はこれまで通り、塾に通い、毎日天気図を描き、そして時折誠也の家に遊びに行った。

 

 そんな毎日を過ごし、あっという間に春休みが過ぎて、私は中学3年生となった。


 いよいよ最終学年。

 そんな言葉が始業式、ホームルーム、授業中など、あちこちで聞かれるようになったが、私はいまいち実感が湧かなかった。

 年明け高校受験、そして一年後には高校になっている。

 そう、お父さんも言っていたけど、1年後の自分なんて遠すぎて想像もできなかった。



 4月7日、金曜日。啓太が私の通う若葉中学校に入学してきた。

 夜、小寺家では啓太の入学を祝うパーティーが開催される。啓太の大好きなフライドチキンとお赤飯。

 この日の啓太は、いつもより多くの笑顔が見られた気がした。

 

 夕食後、私が自室でのんびりと過ごしていると、珍しく啓太がやってきた。

「お姉ちゃん、ちょっといいか?」

「おじょ、啓太。いいよ~」

 啓太は私のベッドに座る。

 

「どした?」

「あのさぁ……」

 啓太は言い出しにくそうにしている。最近、心なしか啓太の声が低くなったような気がする。

 

「はにゃ? どしたの?」

「……あのさ、僕が吹奏楽部入ったら、お姉ちゃん、迷惑か?」

 

 思いがけない啓太の一言に、私は目を見開いた。

「おじょ~! 全然迷惑だなんてことないよ~! むしろ大歓迎!」

 私が笑顔でそう言うと、啓太もわずかに顔がほころぶ。

「そっか。楽器とかも迷ってる」

 

「私と一緒にトランペットやる?」

「それは嫌だ」

 私の誘いに啓太は即答する。


「なんで? 吹奏楽部の花形だよ~」

「お姉ちゃんと一緒は嫌だよ。それに……、彼氏もいるんだろ?」

 そう言って啓太はそっぽを向く。

 

 啓太が誠也の話題について直接触れたのは、恐らくこれが初めてだった。

 

「じゃぁ、トロンボーンは? みかんがいるよ」

 私とみかんは幼馴染であり、当然啓太もこれまでみかんと遊んだことは多々ある。


「なんか、それもな……」

「まぁ、部活見学の時に一通りが楽器を体験できる機会があるから、それで選んだらいいよ」

「わかった」

 啓太は聞きたい話が終わると、長居は無用とばかりにそそくさと戻って行った。

 

 

 翌週から、1年生の部活動見学が始まった。見学期間中は全体での基礎練習が終わった後はパート練習となり、1年生は各パートを自由に回ることが出来た。

 私たちは1年生が来るたびに、予備の楽器を貸し出し、楽器の持ち方を教えたり、実際に吹いてもらったりする。

 そう、つまりはパート練習と言っても、実質「練習」にはならない1週間だった。

 ちなみに啓太は見学期間中、一度もトランペットパートには現れなかった。

 

 そしてあっという間に1週間の見学期間が終了し、翌週18日、月曜日。

 1年生31名が吹奏楽部へ正式に入部となった。昨年の25名を上回り、新年度は好スタートを切った。

 

 部活開始時のミーティングで、部長の杉山茉優まゆちゃんより、配属楽器が発表された。

 私たちトランペットには、秋元一輝かずき君と、双子の小諸紗羅さらちゃん・紗菜さなちゃんの3人が配属となった。


 ちなみに啓太は結局、みかんのいるトロンボーンになった。

 

 その後、顧問の小原先生からの挨拶。そして今年の夏のコンクールで演奏する楽曲の発表があった。

「今年のコンクールは、ジェイムズ・バーンズ作曲の『アルヴァマー序曲』で行きたいと思います」

 

 確か、以前誠也の家で聴いたことがある楽曲だ。私は隣に座る誠也を見ると、誠也は笑顔を返してくれた。


 

 昨年夏に3年生が引退してから少し寂しかった吹奏楽部だが、本日新たに31名の新入部員を迎え、今日から81名の大所帯となった。

 そして、私たち3年生にとっては、この3年間の集大成となる夏のコンクールの楽曲が発表になった。

 

 いよいよ、私の中学校生活最後の夏が、今、始まった。

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