第48話 男としても、女としても
《sideテル》
ご主人様と飲み歩くのも、これで何度目かしら。あたしは農業が出来ればそれでよかった。だけど、私の家は貧しくて、奴隷として売られた。
気づけば、変わり者のご主人様に連れ回される日々。
「テル、君は本当に付き合いがいいね。助かるよ」
キンキンに冷えたエールを片手に、ほんのり赤くなったご主人様が笑いかけてくる。
初めて飲んだ時は感動した、飲み慣れてしまえば、もうこれ以外にエールを飲みたいとは思えない。
その誘惑に負けて、ついつい一緒にきてしまう。最近は夜更かしとエールの飲み過ぎで顔がパンパンになって、気にしているんだけどね。
「そりゃあ、私には選択肢がないもの。奴隷だし。ほら、お酒も次を頼んだわ、冷やしてちょうだい」
「ハイハイ。そんなこと言うけど、嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」
「ご主人様に断れるわけないでしょ? それに、意外と楽しいのよ、こういうの」
そう言いつつも、あたしは心の中で呟く。
正直、農業をさせてくれたら一番いいけど、この人といると退屈しないのも確かなのよ。それに、私の心は女。だけど、見た目は中性的な男、それを気にせず付き合ってくれるのは、ちょっと嬉しいのよね。
それに、ご主人様、こう見えて酔うと無防備になるの。そこがまた、可愛いんだから。叶わぬ恋。だけど、あなたのそばにいられる。
「テル、君はどんなお酒が一番好き?」
「うーん、そうね。ご主人様が作ってくれるキンキンに冷えたエールかしら?」
「僕と一緒だね!」
無邪気に笑う笑顔がとても可愛くて、軽口を叩きながら、あたしはご主人様とグラスを傾けた。
♢
酒場を出た後、冷たい夜風が酔いを少しだけ覚ましてくれる。でも、ご主人様はまだほろ酔い気分。あたしの肩に手をかけながら、ふらふら歩いていく。
「テル、夜風って気持ちいいよね」
「ご主人様、それより足元に気をつけなさい。転んだら私が背負う羽目になるんだから」
そんな軽口を叩いていると、不意に聞こえてきたのは、女の子の悲鳴だった。
「誰か、助けてください!」
「……テル、行こう」
普段はどこか気の抜けたご主人様の表情が一変した。鋭い目つきに変わり、足取りもまっすぐに。悲鳴の方に駆けつけると、女の子が酔っ払いに絡まれていた。
「いいからついてこいって言ってるだろうが!」
「やめてください!」
あたしが飛び出そうとした瞬間、ご主人様が手を伸ばしてあたしを制した。そして、スッと相手の背後に回り込む。
「おい、嫌がってるだろう。やめなよ」
その一言で、酔っ払いは振り返った。
「ああ? なんだてめぇ……」
次の瞬間、ご主人様の手が酔っ払いの首を掴み、持ち上げた。
「ひっ!?」
男の悲鳴が響く。ご主人様の目はいつもの優しげなものとは違う、まるで別人みたいな冷たさだった。
「テル、その子を頼む」
「はい、ご主人様」
あたしは怯える女の子に近づき、軽く肩を抱いてやる。小柄で痩せた子だ。ボサボサの髪と汚れた服を見る限り、生活も厳しいんだろう。
「大丈夫よ、もう怖い人はいなくなるから」
そう言うと、女の子は小さく頷いた。一方、ご主人様は酔っ払いを地面に叩きつけ、静かに告げた。
「もう一度言う。二度とこんなことをするな。次は容赦しない」
「わ、わかりました! 許してください!」
その後、酔っ払いを逃がしたご主人様がこちらに戻ってきた。
「テル、この子を送ってやってくれるか?」
「あら、ご主人様はどうするの?」
「少し、一人になりたい気分なんだ」
その言葉を聞いて、何か思うところがあるのだろうと感じた。あたしは黙って頷き、女の子の手を引いた。
♢
彼女の話を聞くと、学園都市の酒場で働いているという。家計を助けるためにアルバイトをしているらしい。
「さっきは怖かったわね。でももう大丈夫よ。家は近いの?」
「はい、お屋敷はこの先です……本当にありがとうございました」
彼女の言葉を聞いて、少しだけ胸が温かくなった。
屋敷に着くと、彼女は深々と頭を下げた。
「テルさん、ご主人様にもお礼を伝えてください!」
「あら、私にもちゃんと感謝してね。おネェは優しいけど、タダ働きはしないわよ?」
「もちろんです!」
そう言って彼女が笑顔を見せてくれた時、初めてその顔が驚くほど整っていることに気づいた。垢抜けないけど、磨けば光るタイプね。
彼女が家に入ると、屋敷から怒声が響いた。
「あの子も訳ありってことかしら? さて、うちのご主人様が放っておくとは思えないわね」
少しだけそんなことを考えながら、あたしは彼女を見送り、ご主人様の元へと戻った。
きっとご主人様はあの子を救いに行く。なら、私がすることはその補助よね。農業をしないのだから、時間はいくらでもあるわ。
それに、今の私ではご主人様の役に立てない。
「チョコちゃん。お願いがあるんだけど」
「テルちゃん。どうしたんですか?」
「ご主人様のお手伝いよ。それにチョコちゃんが大好きなお酒を飲む話」
「それは最高ですね!」
奴隷である私たちに自由をくれるご主人様に、私たちも応えてあげなきゃね。きっと、ご主人様は将来的に英雄になられる。
それまでたっぷりと恩を売っておくわ。
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