第2話『俺はな。悪魔の力を手に入れたんだ』

私が天野という男について知ったのは偶然だった。


奇跡を叶える事が出来るという眉唾な話と共に流れてきた名前だ。


まぁ、正直その手の話は聞き飽きていたし、興味も無かった。


しかし、急成長してきたライバル会社に焦った私は、その胡散臭い話に、藁にも縋る様な気持ちで頼ってしまうのだった。


「俺を呼んだのはアンタか」


「そうだ。お前は奇跡を叶える事が出来るんだろう?」


「あぁ。だが、代わりに寿命を貰うぜ」


「寿命か。なるほどな。噂に聞いた通り、やはり悪魔の使いであったか。だが、良い。悪魔であろうと全てを手に入れる事が出来るのであれば!」


「そうかい。じゃあ願いを言え」


「未来だ。俺に未来を教えてくれ!」


「良いだろう」


天野の力は絶大だった。


その会社の人間でなければ得られない様な情報、そして未来に起こり得る事、それら全てを手に入れて私の会社は一気にその業績を伸ばしていった。


向かう所敵なしだ。


天野が悪魔であろうと、なんであろうと、力を手に入れてしまえば関係ない。


私はその舞い上がった気持ちのまま、パーティーで昔からの友人であるユウサクにもこの情報を教えてやる事にした。


「やぁ。最近好調じゃないか」


「まぁな。ユウサク。俺は未来が視える様になったよ」


「ほぅ。突然何かと思えば。未来を見るなんていうのは経営者として当然の事だろう? 今までお前は目隠しで経営をしていたのか?」


「まさか! 俺が言っているのはな。未来を推測するんじゃない。未来が視える様になった。という話だ」


「お前……疲れているんじゃないか? そういうオカルトは私も嫌いじゃないが、時と場合によるだろう。変なオカルトにハマって、社員を路頭に迷わせるなよ」


「大丈夫だ。ユウサク。俺はな。悪魔の力を手に入れたんだ」


「悪魔の力?」


訝しげにそう俺に聞くユウサクに俺は手に入れた情報の一部をくれてやる。


この男は義理堅い男だ。こうして情報を渡して、それが有用であれば俺の苦しい時に手を貸してくれる。


俺たちはずっとそういう関係だった。


「そうさ。天野という男がな。奇跡を起こすというんで、俺も少しばかり頼んでみたのさ。そしたらこうだ」


「奇跡。か」


「なんだ。お前も興味があるのか? ユウサク」


「まぁ、な。例えばその奇跡は病気とかも治せるんだろうか。不治の病とかも」


「それはどうだろうか。分からないな。だが、病気ならば医者に言えば良いだろう? もしやお前、病気なのか!?」


「いや私じゃない。だが、大切な人だ」


「どういう病気だ。名医を紹介してやる」


「助かるよ。心臓の病気だ。ただ、飛行機には乗れない。今は母国だ」


「そうか……それは苦しいな。出来る限りの事はする。何かあれば言え」


「ありがとう」


俺は友の話を聞きながら、どうにかしてやりたいと思いつつも、どうにもならないのだろうなとも考えていた。


何せ俺が出来る事ならもうユウサクはしているだろう。


その上でどうにもならないのだ。


俺にだって愛する妻は居る。愛娘だっている。


二人がそういう病気になったらと考えると、おちおち寝ている事は出来なかった。


出来る限りのものを残してやりたいと思う。


その為にも。


「天野!」


「なんだ? また未来か」


「いや、とりあえずそちらは良い。順調だ。それよりも妻と娘が病気や事故に遭わないようにしてくれ」


「お安い御用だ」


「それで、次の願いだが」


俺はとにかく天野という力を振りかざして、会社を大きくしていった。


それが正しいと思っていた。


真実、それによって俺の会社は他の追随を許さない程に成長した。


このまま順調に成長を続ければ、我が国の歴史にその名が永遠に刻まれる事となるだろう。


それは誇らしい事だ。


しかし、俺は忘れていた。


本当に大切な物が何かを。


そしてそれに気づかないまま、突き進み、遂に俺は渡ってはいけない橋を渡ってしまったのだ。




その時は急に訪れた。


「悪いが、その願いは叶えられない」


「どういう事だ」


「簡単な話だ。代償が受け取れないからな」


「代償……?」


「最初に言っただろう? 願いを叶える代わりに、お前の寿命を頂くと」


「……まて、俺は病気もない。年だってまだ三十代だ。まだ」


「あぁ、なんだ。勘違いしていたんだな。それは悪かったよ。じゃあ改めて説明してやろう。俺が貰う寿命ってのはな。お前が世界に影響を与え続ける時間の事だ。その影響力が大きければ大きいほど、お前の支払う寿命の価値は高い。それゆえに様々な願いを叶える事が出来ていた訳だな。しかし、その寿命ももうすぐ尽きようとしている」


「寿命が尽きたら、どうなる」


「死ぬ。それがどの様な形かは俺にも分からないが、お前は確実に命を落とす事になる」


「何か、何か防ぐ方法は無いのか! 娘はまだ十歳になったばかりなんだ!!」


「知らんよ。お前自身が選んだんだろう? 命よりも金をと、家族といる時間よりも名声をと」


天野は酷く冷たい言葉で俺を突き刺した。


そんな言葉に触れて、俺は初めて自分がしてしまった事に震える。


本当に自分にとって大切な物が何だったのか。


頭に浮かぶのは妻と愛娘の笑顔だった。


俺は地面に跪きながら頭を抱えた。


どうにも出来ない現実に。取り戻せない時間に。


「あぁ。一つ良い事を教えてやる」


「……?」


「お前に呼び出される前にな。一つ願いを叶えてやったんだ」


天野が突然話し始めた言葉に俺は首を傾げた。


いったい何を話しているのか意味が分からなかったからだ。


「その男はな。とある大国の大企業が売りつけた武器で、家族を皆殺しにされたらしい。まるで内戦を予知していたかの様に、どんな企業よりも早く武器を売りつけたお陰で、その企業は大きく発展したが、その代わり武器を売りつけた国では、大きく歴史が変わり、本来死ぬべきでは無かったその男の家族が死んだそうだ。悲しい話だな」


天野の向こう側に銃を構えた男が立っていた。


強い憎しみと恨みを抱えた目で俺を見ながら、今まさに引き金を引こうとしている。


その見覚えのある銃は、俺がある国の組織に売りつけたものだった。


「アーヤ!! ハウラ!!!」


その男の目を見て、おそらくはその男の妻と娘であろう人間の名を叫びながら放たれた銃弾は、確かに俺の腹部に吸い込まれた。


即死でなかったのは、まだ僅かに寿命が残っていたからだろうか。


もしくは、俺が犯した罪を清算せよという神からのお言葉だろうか。


だが、どちらにしても助かる訳もない傷である。


俺は苦しみながら死ぬのだろう。


天野と内密に話をする為に人の居ない店を選んだのが全ての不幸だ。


いや、どの道どこを選んでも俺の運命は変わらなかったのだろう。


ただまぁ、死ぬのが俺一人で良かったと思う。


家族を失わなかっただけで良かった。


俺は携帯を取り出して、友を呼ぶ。


『私だが、どうした?』


「あぁ、ユウサクか、今、大丈夫か?」


『あ、あぁ。私は大丈夫だが、おい、どうした? 何があった』


「すまないな。お前に、たのみ、ごとが」


『おい! しっかりしろ!!』


「会社と、家族を……たのむ」


『おい!! マックス!! 聞こえるか!! マックス!!』


「ユウサク……あまのには、きを……つけ」


もはや俺はそれ以上何も言う事が出来ず、地面に携帯を落として、意識も闇に落としていった。


きっと俺は地獄へ行くのだろう。


俺はもっと早く気付くべきだったと、自らの目を塞いでしまった愚かさに息を吐いた。

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