幕間 とある皇女の憂鬱
「こ、皇帝陛下……皇女ベルティアナ、参上いたしました」
アリシュテルト神聖皇国の皇女であるベルティアナは、豪奢な椅子に腰掛ける初老の男を前に跪き視線を伏せていた。
普段は誰にも膝をつくことのないプライドの高い皇女ではあるが、神聖皇国の長たる皇帝を前にしたときだけは別。
だが、それは別に彼女だけに限ったことではない──全てのものが自然と跪かざるを得ない支配者としての威厳、そんな絶対の畏怖の力を皇帝は惜しみなく放っているのだ。
そして、今日の彼が放っているプレッシャーは、普段よりも更に苛烈なものだった。
「ふむ……本来ならば皇位継承権を争うお前の行動に余が口出しをするべきではないのだが、敢えて呼ばせてもらった。呼び出された理由は……わかっているか?」
「……はい。勇者召喚の失敗、そしてそれに続く穢れものの大繁殖、そして新たな勇者の召喚についてです」
呼び出された理由はわかりきっていたベルティアナは、皇帝のその質問に淀みなく答える。
ここしばらくの失敗、不穏、そして新たな希望。
ベルティアナは希望の方に皇帝の興味が向いてくれることを祈りつつ、頭を下げ続ける。
「そのとおりだ……その全てはこの皇国にとって、そして皇国の長たる余にとっても重要な問題だ」
「はい……」
皇帝はゆっくりと立ちあがると、その身体から凄まじいエネルギーを溢れ出させる。
ベルティアナはその圧に吹き飛ばされそうになるのを感じながらも、なんとか動かないままに耐え忍ぶ。
今の皇帝の前で無礼を見せれば、そのまま踏み潰されてしまってもおかしくはないのだから。
「ここのところな……余の力が、減っておるのよ」
「っっ!?」
「皇位継承権を持つお前は知っているはずだが、余の力の根源はこの皇国の民──人族たちがミディラヌ様を信仰するその量と質によって左右される。だからこそこの国は人族の生活の質を重視し、民へと恩恵を与えるように政策を決めておるのだ」
「おっしゃるとおりです……」
「その民からの信仰が減っているのは……この穢れものの増殖が、原因よな」
ベルティアナが上げた2番めのポイント。
それを皇帝が改めて指摘する。
「はい……神聖騎士団を出してはいるのですが、都市部以外はなかなか手が回っていないのが現状です。外縁部とはいえ皇国の民が汚されていることは、皇帝陛下のお力に影響を与えてしまっているのかもしれません」
「その通りだ。そしてこのような事態が続くようであれば、民からの信仰がさらに減っていくこととなる」
「…………はい」
ほとんどのゾンビの戦闘力はさほどではないわけだが、国の外縁部の戦う力を持たない者たちは次々とゾンビ化してしまっている……そんな報告はベルティアナの元にも上がってきていた。
生き残っているものにしても、そのようなゾンビだらけの世界になってしまっていては、神を信じながら生きていくということも難しいだろう。
「もちろん余が直々に出ればこの事態はすぐに片付けることができるわけだが、魔国のことを考えるとそういうわけにもいかぬ。今の余が魔王との1対1になると、少々分が悪いといえる。魔王の力は魔族の数と魔王への畏怖を力の根源とする。魔王もこのゾンビ騒動で魔族の数を減らし力を落としてはいるだろうが、畏怖の力とは信仰の力よりも逆境には強い。平時ではその逆であるのだがな……」
「……はい」
「だからこそ、平時であったあの時こそ……お前の提案した勇者召喚をきっかけとして魔王を徹底的に叩く……という案には期待をしていたのだがな」
ベルティアナが皇帝に提案した、平時である今こそ異世界勇者を利用して魔国を攻めるべき、という一手。
皇帝と魔王の力が拮抗しているこの世界で、その策は釣り合った天秤を人族側に大きく傾ける確かな一手となるはずだった。
「──時にお前の呼び出した召喚勇者……確か、【ゾンビ・マスター】と称される職を得た、とのことだったな?」
「…………はい。おっしゃるとおりです」
「この穢れものの蔓延る事態……何やらそれと関連しているとは、思わぬか?」
低くなった皇帝の声と強くなった威圧に、ベルティアナは震える声を張り上げて返答する。
「そ、その可能性を考え、元異世界勇者は指名手配をし、高レベルの刺客も送っておりますっ!」
「ふむ……それが上手くいけばよいのだがな。余や魔王、つまりはこの世界のダンジョンマスターである存在にはわかるのだがな……この世界に新たな王、すなわちダンジョンマスターが生まれたようだ。つまり、この穢れものたちは、新たに生まれた王の眷属である可能性が高い」
「っっ!? そ、それはっ……」
「その通りだ。お前の召喚した元異世界勇者がダンジョン・マスターとなったのかまではわからぬが、この新たなダンジョン・マスターがこれからの世界で力を伸ばしていく可能性は高いだろう。この穢れものが繁殖すればするほど、新たな王の力もまた伸びていくのだからな。数だけで決まるのか、我らのように信仰や畏怖といった付加条件があるのかまではわからぬがな……」
ベルティアナは手に汗握りながら、皇帝が淡々と語る言葉に耳を傾ける。
変わり続ける世界情勢は、ベルティアナの想像を超えて複雑なものになろうとしている。
そんな状況を生み出してしまったのは、自らの策謀……ベルティアナは背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。
「穢れものの勢力が余らの世界を争う第三極となる可能性は否定できぬよな……そしてそれは、余らにとっては望ましいことではない……わかるな?」
「はっ、はいっ……第三勢力の台頭は世をより均衡状態へと近づける可能性があります」
「その通りだ……三すくみとなってしまっては、動きようがなくなってしまうからな」
皇帝は話の終わりを示すように玉座へと腰を下ろす。
「ベルティアナよ……お前がこの皇帝の椅子を、そして『天至の聖塔』のダンジョン・マスターの力を継ぎたいというのであれば、お前にその資格があることをこの乱世の中で示してみるが良い。これから行うという新たな勇者の召喚──それがこの余の力を満たしてくれるものであると……期待しておるぞ」
「はいっ! 今度こそミディラヌ様への信仰を厚くするような、ミディラヌ教に相応しい光の勇者を必ず召喚してみせますっっ!!!」
ベルティアナは皇帝の許しを得ると、皇帝の部屋を去るのだった。
「まずいですね。皇位継承を確実なものとするために実行に移した勇者召喚の儀式。まさかそれが魔国を利するような結果になってしまうとは……あの男、あの無害そうな顔をして、こんな曲者だったとは思いもしませんでした」
自室に戻ったベルティアナは必死で頭を巡らせていく。
「終わってしまったことは正せませんが、正しい勇者を呼び出すことで、まだ挽回は可能なはずです……召喚の条件は……そうですねっ、聖女ですっ。聖女のような高潔な異世界勇者を召喚しましょうっ!! 元異世界勇者のあの男を封じ込めることができるような、そんな『聖女』のような存在を召喚するのですっ!!!」
ベルティアナは間近に控えた異世界勇者召喚……その召喚術式の改変について頭を巡らせていくのだった。
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