幕間 とある暗殺者の憂鬱
「ふう……また暗殺の依頼か……」
指定された対象をこの世から消すこと──それは暗殺者であるマリー・オスカーにとっては、こなすべき仕事であった。
高レベルでありお誂え向きの優秀な【職業】と《スキル》を持っている彼女にとって、それは簡単な仕事と言っても良かった。
だが同時に、マリーは幸か不幸か、その仕事を楽しんでできるような精神性の持ち主ではなかった。仕事と割り切ってなんとかこなしてきた暗殺の数々だが……その一つ一つの仕事を終えるたび、精神的重圧が蓄積していく。マリーはそんな重圧に耐えるのにも限界が近づいてきていることを、ひしひしと感じていた。
「特に、最近は……理由を感じないような殺しが多いんだよな……」
彼女が受け取った書類に描かれた暗殺対象者──穢ダンジョンと呼ばれ、必要に応じて低階層のみが探索されることのある『アンデッドの住処』という名称のダンジョン。そこで消息をたったという低レベルの奴隷荷物持ち。その生死不明の男が国家に危害を及ぼす可能性のある存在なので、ダンジョンを探索して存在を確認できた場合には抹消して欲しい……という依頼だった。
そんな低レベルダンジョンで荷物持ちが行方不明になること、そんな荷物持ちを探し出してでも殺さなければいけないということ、100レベルを超える暗殺者であるマリーに低レベルの荷物持ち奴隷の暗殺依頼がくること──正直なところマリーにはなんでそんな依頼が発生し得るのかもよくわからなかった。
「やれ、と言われればやるしかない世界ではあるが……はぁ、気が重いな……」
できるだけ早く必要な分だけのお金を貯めて引退したいものだ……そんなことを思いながら、マリーは哀れな対象アキト・ヒラヤマの暗殺の準備を始めるのだった。
「くそっ、しくじったっっっ……」
B級ダンジョン『アンデッドの住処』まで幾ばくもない距離にまで近づいていたマリーだったが、彼女は息を荒げながら座り込んでいた。
「まさか、あの普通の人間にしか見えなかった女性が、アンデッドだったとは……」
地面に倒れてうごめいていた女性……マリーが助けなければと駆け寄り彼女の身体を抱き寄せると、まったく人にしか見えなかったその女性がマリーへと噛み付いてきたのだ。
正気を完全に失っていたその瞳を確認し、マリーは彼女を天へと返すことを決める。
「しかし、噛まれただけの場所がこうジクジクと痛むだなんて……アンデッドとはそういうもの、なのか?」
それなり以上のステータス差があったおかげか、彼女の腕には表皮に微かな傷がついているだけ。
普通であればなんの問題もないはずの傷なのだが、マリーの身体は燃えるように熱くなっていた。
「ひとまず……休まないといけないな……お、ちょうどよく空き小屋があるのか、ここを使わせてもらうとしよう」
マリーが空き小屋の中に足を踏み入れると、中には都合よく誰の姿もない。
マリーはかばんを投げ捨てると、熱く燃えるような身体を室内にあったベッドへと投げ出す。
マリーはしばらくの間目を瞑ってじっとしていたが、やがて再び目を開く。
「……くっ、寝て安静にするべきなのだろうが……身体が熱くてっ、寝れんなっ……」
火照るような身体、そして少しずつ思考が鈍っていくような妙な感覚。
まるで、心の辛さを紛らわせるために、夜の秘め事をしているときのような……
マリーはそんな身体の熱さに耐えながら、ベッドの上で静かに身体を横たえながら身じろぎを続けるのだった。
「寝れん。これは寝るのは諦めた方が良いかもしれないな…………っっっ!?」
マリーが寝るのを諦めようとゆっくりと身を起こしたその時、彼女の《気配察知》のスキルが空き小屋に近づいてくる人の気配を捉える。
「くっ、他の冒険者か誰かが来たのかっ……念の為、身を隠しておくか……」
マリーは衣服を整えると、少しずつ冷えていきどんどんと重くなっていく身体を引きずっていく。
そのまま隠れられそうな小さな奥の収納部屋へと滑り込むと、《気配遮断》のスキルを行使する。
すっと薄くなるマリーの気配。
程なくして、外から何ものかが小屋へと入ってくる。
「誰も……いないか…………」
どうやら侵入者はマリーの気配に気づくことはなかったようだ。
「……ん、なんか変な、匂いが……する? 気のせいかな……」
自らの痕跡に気づかれたかもしれない……とは思ったものの、マリーにはそれを気にしている余裕はなかった。
異常なまでに強烈な眠気が、彼女のことをを襲っていたから。
まるで、そのまま死んでしまうかのような……冷たい、冷たい、眠気。
「……あの男が、こちらに入ってこないと、良いのだが……にしても、身体が冷たい……し……頭が……ぼーっと……する…………な……」
暗殺者マリー・オスカーは目を瞑ると……そのまま長い……長く静かな眠りに、ついたのだった。
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