第20話 あいうえお殺人事件(終)

主人公・ピーター・エルドマン 男

探偵 ・シャノン・スカーレット 女


第一の被害者・グレゴリー・アメル 49歳 男性 詐欺師

第二の被害者・ローズ・イグレシアス 36歳 女性 

第三の被害者・フォレス・ウリエル 47歳男性 金融会社経営


被害者候補・ヴィエゴ・エリソン 38歳男性 ローズの内縁の夫   

     ・レナード・オーティス 39歳男性 オ建の社長


犯人・ルチア・キャンベル 19歳女性 オ建の社長秘書

  ・エドワード・ヴェイン 36歳男性 オ建の設計士


~~~~~~


「まず、ヴィエゴの自宅が火災で全焼した事件。これはヴィエゴ自身が家の周囲にガソリンを撒き引き起こしたものだ。当然、ヴィエゴがそれまでの事件で使用した返り血の付いた衣服にも充分にガソリンを掛け、証拠の隠滅を図る。第二の事件で被害者の頸動脈を刺した凶器である、建設現場から持ち出した長い釘も、あたかも焼失した家のパーツだったように転がしておく。あぁガソリンもまた、会社から盗んだんだろうね」


 ガソリンは入手経路が限られていて足が付きやすい。その分、会社のものならルチアのせいに出来て一石二鳥だ。ひょっとすると慎重で策略家のヴィエゴなら、ガソリンを撒く作業すらルチアに変装してやっていたっておかしくない。


「その結果死んでしまうのならまだ素直に捕まった方がマシじゃありませんか?」

「いや彼は死なない。それどころか自らが殺したかったもう一人の人物――ヴィエゴ・エリソンの殺害まで果たすのだから、もう大喜びだったろうね」


「てことは遺体として発見された身元不明の男って――」 

「ヴィエゴだよ。エドワードは不安だったんだ。過去にローズと不倫関係だった痕跡が、手紙として、日記として、彼女の家に残っていたんじゃないか。そしてそれをヴィエゴがいつか知った時、彼もローズのように自身の結婚生活を脅かして来るのではないかと」


 動機としては少々弱いが、エドワードならやりかねないギリギリのラインと読者も納得するだろう。その上、自身の死体と誤認させるためには結局誰かしら――自身に近い年齢で性別が男の死体を用意しなければならないのだからエドワードとしてもヴィエゴは丁度良かったのだ。


「警察は『え』と刻まれた金属板を見た時、エドワード・ヴェインを指していると思うでしょうね。家名だけでなく、名前のイニシャルでもこの連続殺人の標的の法則は適用されるんだと驚くはずよ」


 だが探偵のシャノン・スカーレットならば、それまで頑なに家名のイニシャルで統一していた所に、四件目にしていきなり新法則を捻じ込んできた点に違和感を覚えるだろう。そして、すぐさまヴィエゴ・エリソン、ピーター・エルドマン両名の安否を確かめに行動するハズだ。


「師匠、どうやってエドワードはヴィエゴを自宅まで連れ込んだのでしょう。無理に拉致しようとすれば確実に誰かに見られますよね?」

「あぁ、それはどうせエドワードが『妻を亡くしたお前を元気づけてやる』とでも言って、自宅に招いたんだと思うよ? だって彼ら幼馴染だし」


「……もうニアの推理に驚くのが疲れて来たわ。一体全体、どうしてその二人が知り合いをすっ飛ばして幼馴染って結論に至ったのよ……」


 あれ、セレナはまだこのからくりに気付いていなかったのか。するともしかするとルカの方も?


 僕は伺うようにルカへ視線を向けると、彼女は溜息を吐いて返答。


「師匠、アタシは別に探偵を志してる訳ではないんです。なのでアタシに師匠クラスの推理力を求められても困ります」


 じゃあ一体君はなんで僕に弟子入りしてるんだよ……。本当に意味不明な弟子だ。


「作中では【オーティス建設会社】の社長プライスを含め、従業員の大半は同じ孤児院の出身だと明言されている。そして孤児院の院長はこう言っている。『子供を捨てるような親が付けた名前なんぞ捨てた方が良い。この孤児院のガキは全員俺が名付け直した』と。これは著者から読者に向けたヒントなんだ。名前に着目しろってね」


 ここで一度この小説の登場人物の名前を振り返るために紙にリストアップしてみよう。事件や孤児院とはなんの関わり合いの無い主人公と探偵を除くと合計は七名。


1.グレゴリー・アメル(49)

2.ローズ・イグレシアス(36) 

3.ヴィエゴ・エリソン(38) 

4.エドワード・ヴェイン(36) 

5.レナード・オーティス(39) 

6.ルチア・キャンベル(19) 

7.フォレス・ウリエル(47)


「この中には、ある規則性に従って名付けられた名前がある。その人物が、孤児院出身者だ」


 紙にある名前を見詰めながら三十秒ほど経つと、ルカが口を開いた。


「イニシャルですね? 孤児院出身者は名前と家名のイニシャルをアルファベットに直して、それぞれ数字を割り振った際に合計が27になります」

「……私、リルリカが何言ってんのか全然分かんないわ」


 僕は紙をもう一枚使って、今度は登場人物の名前をイニシャルに直した。


1.GregorAmel 

2.RoseIglesias 

3.ViegoErrison 

4.EdwardVane 

5.LenardOtis 

6.LuciaCampbell 

7.ForesUriel


「アルファベットに数字を割り当てるというのは、Aなら1、Bなら2、のようにアルファベット全26文字に順番に数字を当て嵌めていくだけ。そして名前と家名の数字を足した合計が27なら孤児院出身者って訳さ」


 グレゴリーは7+1=8 ローズは18+9=27 ヴィエゴは22+5=27 エドワードは5+22=27 レナードは15+12=27 ルチアは15+3=18 フォレスは6+21=27


「つまりこの小説の登場人物で例の孤児院出身者は第二の被害者ローズ、ローズの内縁の夫ヴィエゴ、一人目の殺人犯エドワード、社長レナード、第三の被害者フォレスの計五名だという訳だよ」


「この中でも年齢の近い、ローズ36歳とヴィエゴ38歳、エドワード36歳、レナード39歳の四名は間違いなく同時期に孤児院で共に暮らしている事になりますね」

「そういうわけだから、ヴィエゴとエドワードは幼馴染……それどころか家族といても差し支えない間柄となり、ごく自然に自宅へ招く事が出来たのさ」


 僕はちゃぶ台の上のピッチャー内に残り僅か残っていた麦茶を、空になるまで自身のコップに注いだ。そしてそれをセレナの方へ差し出す。


「当然酒好きのヴィエゴは酒を飲みたがる。それを利用して、エドワードは睡眠導入剤入りの酒が入ったグラスを差し出して飲ませた。薬の存在を事前に悟られないように、彼は何杯も酒を飲ませて思考能力を奪ってから、外側に柄の入ったグラスで、色の入った酒にでも混ぜて飲ませたに違いない」


 差し出した麦茶の入ったコップを手に取り、口元に持っていくセレナ。しかしコップが唇に触れる直前、ルカが横から手を伸ばして強引に奪い去って行った。

 それはもう鮮やかな手口で、実は初めからコップを差し出されて手に持っていたのはルカだったのではないかと、そう僕とセレナが思い込んでしまうような手際の良さだった。


 ルカは奪い取ったコップを慎重に観察し、それを僅かに回転させる。そして生まれて初めて酒を飲む新成人の如く、緊張したようにゆっくりと口元に近付けた。そして意を決して飲んだ。一気飲みだ。


「――……人生で一番美味しい麦茶でした。し、あ、わ、せ♪」

「そんなに!? いつものお徳用ティーバッグのを普通にピッチャーから入れただけだけど!?」


 それほどまでに喜んで貰えるのなら、明日からもガンガンお茶を淹れてあげようかな。僕にお茶淹れの才能があっただなんて知らなかった。

 お茶のあまりの美味しさに興奮して、なんだか頬を赤らめているルカは置いておいて、第五の事件を解説する。


「自宅の炎上事件を引き起こしたエドワードは、人目に付かないよう気を付けながら夜道を歩き、ルチア・キャンベルの自宅へたどり着く」


 問題はエドワードが如何にしてルチアの自宅に入る事が出来たかだ。


「その時間にはまだ、エドワードの自宅は消火活動の真っ最中で死体も金属板も発見されていない。しかし家主のエドワードの名前が『え』から始まる事に嫌な予感を覚えた警察は、真っ先に連続殺人犯による放火殺人の疑いを抱き、容疑者の家へ急いだはずだ。そしてそれぞれに簡単なアリバイを聞き取った後、深夜という事もあり容疑者達は解放される」


「……ルチアが知っていた計画では次のターゲットはヴィエゴのハズ。それが何故かいきなり、共犯者が殺されたかもしれないってんだからとても動揺したでしょうね」

「エドワードはその動揺を利用したんだ。周囲に気付かれないよう玄関のチャイムを鳴らしてこう言う。『俺だ、エドワードだ。計画外の事が起きた。緊急事態だ。相談したいから中に入れてくれ』」


 こう言われたらルチアは彼を室内に入れる以外の選択肢が取れない。


「部屋に入ったら後は行動を起こすのみだよ。力に任せて強引にルチアを押し倒し、持って来た拳銃を彼女の手に無理矢理持たせる。そして頭に向けて引き金を引く。これで拳銃の発射残渣はっしゃざんさが彼女の手に残り、立派な自殺現場の完成さ」


「ヴィエゴの時のように睡眠薬を使用した方がスマートに事を運べたのではありませんか?」

「いや、火災による死体の損壊で睡眠薬が発見されない、もしくはされたとしても最終的にルチアの仕業に見せかけるからなんら問題はないヴィエゴとは状況が違うんだ。司法解剖の結果、ルチアの胃から睡眠薬が見付かったら、自殺する人間が睡眠薬を飲むのはおかしいと状況に違和感を持たれてしまう」


 だからこそルチアの殺害は強引な手段を取らざるを得ない。元軍人のエドワードなら腕力でルチアに負けるとは考えにくく、銃の扱いにも慣れているため成功確率も高いだろう。


「部屋を片付けて争った形跡を消したエドワードは、自宅から持って来たルチアが殺害を実行した際に着用していた返り血の付いた衣服、そしてホテルから出る際に目撃されたサングラスを家中に隠す。これで翌日再び事情聴取に来た警察が、ルチアの自殺現場を発見し、現場捜索を進めると次々犯人である証拠が見付かるって寸法さ」


「どうしてそんな重要なものをルチアではなく、エドワードが持っているか聞いてもいいかしら?」

「あぁ、ルチアは社長秘書だからね。昼休憩の合間を縫って殺人を実行した後も、すぐさま社長の側に戻らなければならないから、証拠品を処分する余裕が無い。それでルチアとエドワードは事前に証拠品の隠し場所を決め、設計士として比較的自由行動が効くエドワードが一任してその処理を担っていたんだろう」


 ルカはそれを聞いて少し嫌そうな顔をしながら、


「エドワードは始めからルチアに全責任を押し付ける気で彼女と組んでいたんですね」


 と、結構本気でエドワードの冷酷な計画にドン引きしていた。この時の為に、彼はルチアの証拠品に触る時だけ常に手袋を着用して、ルチアの指紋しか検出されないよう気を使っていたと言えばもっとドン引きするかもしれない。 


「あとは現場に残された『お。』というカード。これまでと違い、句点が付いてるだろう? これは、ここで事件は終わりって意味さ。これで【あいうえお】殺人事件は完成に至った」


 【あいうえお殺人事件】はそのタイトル通り、『あ』から始まり『お』まで続く連続殺人事件だったって訳だ。


「翌日、警察がルチアの自殺を発見してしばらくしてから、エドワードは警察の前に現れる。そして、『昨夜友人のヴィエゴと飲んでいたら急に火事になった』『たまたま起きていた俺は逃げ去るルチアの姿を見た』『自分の身を守るのに必死で、眠っていたヴィエゴを置き去りにしてしまった』『そう言えばルチアから貰った酒を飲んだ途端ヴィエゴは眠った』『またルチアに殺されるのが怖くて今までずっと隠れていた』『ルチアが死んだと噂で聞き、ようやく姿を現す事が出来た』などなど、ある事ない事色々言って全ての罪をルチアに擦り付けようとするだろう」


「でもこれはミステリー小説のお話。最後は探偵のシャノンが華麗に推理と証拠を叩き付けて、エドワードは逮捕されるのよね! ね!? そうじゃなきゃ、腹の虫が治まらないわ。エドワードのクソ野郎!」

「エドワードには火炙りの刑を五回は受けて貰わなければ犯した罪に対して釣り合いが取れません。エドワード死すべし」 


 凄い、この30分ほどでエドワードに対するヘイトがストップ高だ。個人的には優れた計画と実行力、そして共犯者を裏切って殺すというまさかの展開を引き起こした彼は、ミステリー小説の犯人としてこれ以上ない八面六臂の大活躍だったと称賛したいくらいなんだけど……。


「もしこの世のどこかにまだ【あいうえお殺人事件】の下巻が存在するなら、探偵シャノン・スカーレットの大活躍をこの目で拝めたろうね。……とまぁ犯人当てと下巻の内容はこんなところかな。情報が限られていたから些細な点は所々違っているかもしれないけど、大筋ではこの通りだと思うよ」


 この推理を明日、依頼人であるおじさんに話せば彼もきっと納得してくれる事だろう。

 そんな僕と同じ考えを抱いたのか、セレナはこれでもかと僕を褒め称えてくれる。


「流石の推理力ねニア! これで私も夕方から燻っていた心のモヤモヤが消えてくれたわ。魔王探しの方も期待してるわよ」 


 フハハハハ! 敬えー、崇めろー。そしてもっと称えろー! 褒めて伸びるタイプを自称する僕にとって、推理後の称賛は何ものにも代えがたい快感だ。


「師匠師匠。アタシ、二つ分からないことがあるんです」

「僕の今日穿いているパンツなら黒だよ。昨日は白」


「いえそれは知ってるんですけど――」

「なんで知ってんの!? 君と違って浴室で着替えてるんだけど!?」


 怖い! なんかよく分かんないけど身の危険を感じるよ! 


「アタシが知りたいのは、どうしてルチア・キャンベルの自宅に『お。』というカードが置かれたのか。それと初めの計画ではレナード・オーティスが第五の標的とされていた動機です」

「そう言えばそうね。なんとなくスルーしちゃってたけど、ルチアの名前も家名も『お』で始まってないわ。レナードの方も仕事一筋の人だったみたいだし、恨みを買うような人物には思えなかったけど」


 たった今起きたパンツの色特定事件については後々ゆっくりと考えるとして、僕は二人の疑問に答える。


「レナードは何故19年前、【オーティス建設会社】を設立したのか。何故17年前、彼の妻は自殺したのか。何故半年前、ルチアを秘書として雇い入れたのか。何故二度もルチアが事件当日、それも犯行時刻、姿を消していたのに彼は警察にその事を言わなかったのか。何故ルチアは殺害計画の最後にレナードを殺すつもりだったのか。何故ルチアが死亡した際にエドワードは『お。』というカードを残したのか。そして孤児院の院長が言った言葉『昔一年だけ預かってくれと言われた子供も結局親は取りに来なかった』」


 僕はレナードに関する謎を一つ一つ、ゆっくりと言葉にして並べていく。


「これらの謎全てに、明確な理由を与える『答え』が一つだけある」

「……ッ! まさかそれって――」

「……ですがそれ以外に説明が付かないのは事実です」


 二人も気付いたみたいだね。実際にこうして疑問を羅列してみると、案外簡単に答えってのは見付かるものだ。



「ルチア・キャンベルは養子。元は例の孤児院にいたんだ。旧姓はルチア・オースティン。そう、ルチアは――――レナード・オースティンの実の娘だ」

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