Scene10 筆坂は一夜の過ちを取り繕い、矮小さを見抜かれる

「そりゃあまあ、ええ。たなもと先生のことは、残念でしたよ」

 ふでさかぶんさんはあっけらかんとした軽い口調で言った。

「先生の小説は、推理小説ミステリにしては売れましたからね。『小説家になれなかった男』が先生の遺作になってしまって、心底残念です」


 へらへらしながら語るふでさかさんの態度は、かなり不愉快だった。

 ぶっちゃけ、すごく嫌いなタイプ。


ふでさかさんには不在証明アリバイが成立したそうですね。ちょうど、事件が起こったのと同時刻に帰宅なさったとか」

 ロゴス様が改めて不在証明アリバイを確認する。


幸運ラッキーですよねぇ。もしも不在証明アリバイがなかったら、警察にどれだけしつこく追及されただろうと思うと、震えますよ」

 ふでさかさんは自分の両肩を抱いて、わざとらしくぶるっと震えてみせる。


「追及されただろう、とおっしゃるのは、やはりまきさんとの関係が、動機になるからですか?」

 ロゴス様は淡々と質問を重ねる。


 ふでさかさんは誤魔化ごまかすように笑ってみせてから、口を開く。

「嫌ですねぇ。演算えんざんさんは私を疑ってるんですか? 別にまきさんとはそういう関係じゃありませんって。いや、まあ、そういう関係といえばそういう関係なんですが、つまり、その、今までそんな素振そぶりは一度もなかったんですよ。あの事件の日、初めて誘われまして。ほら、ぜん食わぬはなんとやらって言うじゃないですか? 演算えんざんさんだって同じ立場になったら断れませんって。いや、いや、もちろん冗談です、ええ。反省してますよ、私は」

 ふでさかさんはあからさまにじょうぜつになって、手を忙しく動かしながら喋った。


 なんというか、苛々いらいらする相手ではあるけれど、それ以上にあわれに見えるな……。

 どうやらふでさかさんは、どうしようもなく薄っぺらい人格の持ち主のようである。


 ロゴス様は小さく溜め息をつく。

ふでさかさんにお尋ねしたいのは、事件当日の被害者とまきさんの口論についてです。誰がどのように行動して、なんと発言したのか、具体的に再現して頂きたいと思いましてね」


「再現……、ですか?」

 ふでさんは不安げな口振りで繰り返す。自分が疑われているのではないか、とまだ怯えているのだろう。

「でも、警察に話した以上のことを思い出せるかどうか……」


「思い出せる範囲で構いません。なみさんには、たなもとしょうすけさんの役を演じてもらうので、僕をまきさんだと思ってください」

 ロゴス様は極めて真面目な口調で言う。


 ふでさかさんはロゴス様と私の顔を交互に見比べた。

「えっ、演算えんざんさんが? 逆じゃなくて?」


 当たり前だろすけ野郎!

 どうして私が、お前と不倫する人妻の役を演じてあげなくちゃいけないんだ。


 私がふでさかさんを睨みつけると、彼は首をすくめて目を逸らした。

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