2.伯爵と、その娘。
定刻になって、俺とカノンはアルディオ伯爵邸を訪れた。
門番の男性に手紙を見せると、とても丁重に奥へと通される。中に入ると今度は執事らしき男性に、数名の給仕が準備していた。みな一様に恭しい態度で、警戒心も自然と絆される。
ただ何か違和感を抱えたまま、俺は伯爵の執務室へと案内されたのだ。
「あぁ、キミたちが噂の旅人か」
「お初にお目にかかります。俺はリク、と申します」
「アタシはカノン、です」
そうして中に入ると、窓から外を眺める白を基調とした服を着た男性の姿。
穏やかな表情を浮かべたその人こそが、このエルタを治めるエイダン・アルディオ伯爵であると分かった。肩ほどで切り揃えられた青色の髪に、金色の瞳。凛としたたたずまいには、為政者特有の雰囲気、あるいは威厳のようなものが漂っていた。
俺は思わず深々と頭を下げ、カノンもそれに倣う。
「そのように肩肘張らなくとも、構わないよ。今回は私の方から、忙しいキミたちの時間を拝借しているわけだからね」
しかし、伯爵は優しい口調でそう言った。
それでも俺はまだ少し、背筋が伸びていたのだが――。
「あ、そうです? それじゃ、お言葉に甘えて」
「おいコラ、馬鹿カノン!?」
隣に並ぶ聖剣女が、ケロッとした表情になってそう答えやがる。
俺も思わずいつもの感覚で指摘し、アルディオ伯爵はそれを見て笑うのだ。
「はははは、噂に聞く通りだね。ずいぶんと愉快な二人組だ」
「すみません。今度、俺の方からこのアホに躾をつけときますんで」
「いや、構わないさ。どこでも自然体で振る舞えるのは、代えがたい素養だよ」
そこまできたらもう、気を張るのも無駄だろう。
そう思い、俺は軽い冗談を飛ばした。すると伯爵は優しく答え、
「へっへーん! どーですか、分かる人には分かるんですよ! ……あだ!?」
「調子に乗んな」
「あははは!」
すかさずカノンが増長したので、俺は思い切り頭を引っ叩く。
その漫才のような会話に、アルディオ伯爵は大きく笑うのだった。
◆
「改めて、キミたちにはお礼を言わなくてはね。このエルタの美を取り戻してくれて、心から感謝を申し上げるよ」
「いいえ、お気になさらず。たいしたことはしてないので」
「リクさんは、ね! ほとんどアタシの独力です!」
そんな初対面を終えて、俺たちはテーブルを挟んだソファーに腰かけ向かい合う。最初に水質改善について礼を言われるが、これについては俺が威張るものではない。
鼻につく言い方をしているが、カノンの力による点が大きいのは事実だった。
そんな彼女の勢いを笑顔で受け流しつつ、伯爵は続ける。
「困っていたんだよ。ヌタクサが大繁殖して以降、あの近辺には魔物が多く出現していたために誰も近寄れなかったんだ。具体的な場所も、分からなかったしね」
「なるほど。だから、手を打てなかったんですか」
俺たちは特に気に留めなかったが、確かに筋は通っていた。
普段平和なこの地域に住む人々にとって、魔物という存在は並み以上の脅威だ。都合よく腕の立つ冒険者もいないだろうし、悪化を見守るしかない状況は納得できる。
そこにたまたま、俺とカノンがやってきた。
エルタに住む人々やアルディオ伯爵にとってみれば、降って湧いた幸運だっただろう。
「後日、改めて別途に謝礼を支払うよ。ただ――」
しかし、彼の表情はあからさまに曇った。
カノンもさすがに察したらしく、俺たちは顔を見合わせる。そして、
「教えていただけますか。……俺たちに頼みたいこと、というのを」
「あぁ、不躾で申し訳ない。なりふり構っていられないんだ」
俺が訊ね、彼がそう答えた時だった。
「お父さま! 旅人さんたちがきてる、って本当ですか!?」
アルディオ伯爵と同じ髪色をした愛らしい少女が、部屋に入ってきたのは。
まだ幼い彼女は子供用の青いドレスをまとい、ぬいぐるみを抱えていた。円らな瞳をきらきらと輝かせている様子は、お世辞抜きに可愛い、と断言できる。
そんな少女を認めて、伯爵は困ったように答えるのだった。
「あぁ、そうだよ。でも寝ていないと、身体に悪いぞ、リィン?」
「今日は調子がいいのです!」
リィンと呼ばれた少女は花のように笑い、父に抱きつく。
そして、俺たちを見てまた表情を輝かせて――。
「はじめまして。わたくし、リィン・アルディオと申しますの」
伯爵から離れ、ドレスの裾を掴み。
幼くとも貴族らしく、礼儀正しく華やかな挨拶をしたのだった。
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