第49話 アルカーナの剣士②




 侍女にお茶を淹れてもらって一息つくと、少し落ち着いたらしいガヴィがそう言えば……とイルの方を見た。

「ノールフォールの森なんだけどよ、管理自体は今のところ代理で男爵に任せているが、くれないの民里の跡地の管理をどうするかとか、住民の埋葬場所について色々打ち合わせしないといけなくてな。現地に行くことになるんだけどよ……お前も行くか?」

 色々ゴタゴタしてたから遅くなっちまったけど悪いな、と言われてイルは首を左右に振った。

「うううん。有難う。行きたい! ……行くよ!」

 ノールフォールは悲しい場所になってしまったけれど、イルの生まれ育った故郷だ。

 帰郷が嬉しくないはずがない。


 ――それにしても。


「……ガヴィって、意外と真面目にお仕事するよね?」

「あぁ?」

 しれっと失礼な事を言う。


 しかし、それは確かにそうであった。

 最初の出会いも、突然王子に呼び出されてノールフォールに向かったと聞いているし、創世祭の時はダンスが苦手だからと言っていたが、しっかり警備の任務に当たっていた。

 文句を言いつつも書類仕事もやれば、遠方の任務にもこうやって行っている。

 言動は貴族然としていないが、働きっぷりだけ見れば大変真面目である。

「……お前はさ、俺のことを一体何だと思ってんだよ……」

 色々あって、最早怒る気力もないのかがっくりと項垂れる。

「俺は自分のやるべきことはやる主義なの! やらなくていい事はやらねぇけど!」

 ……と言う事は王子の相手も、警備も、他の仕事も、やるべきだと思っていると言う事だ。

 ガヴィの行動からして、アルフォンス国王やゼファーに対して頭が上がらないと言うか、劣等感を抱いているような所があるが、はっきり言ってガヴィだってとてつもなく能力が高い。

 五百年の時を止めなければ間違いなく国の重役に着いていたはずだ。


(ガヴィだって何でもできて、すごいと思うけどなぁ……)


 ガヴィで出来ていないのなら、自分なんてどうすればよいのだ。


(私……何ができるんだろう)


 イルはそう思った。



 *****  *****



 ノールフォールに向かう為、旅支度をしていると、最近は週に一度は部屋に訪ねてくるガヴィが(因みにイルは毎日ガヴィの執務室に顔をだしている)が珍しく改まって部屋を訪ねてきた。


 ガヴィの手には、あの日、彼に投げつけてしまった箱。


「ずっと、渡そうと思ってたんだけどよ。タイミングが……」

 ごにょごにょと語尾が怪しくなる。ノールフォールに行く前にちゃんと返そうと思って、とあの箱を差し出された。

 国王陛下に渡された時は、あんなに嬉しくて宝物のように思っていたのに、今まですっかり忘れていた自分にびっくりする。

 あの時は、確かに胸が苦しくて、まるで世界が閉ざされてしまったような気持ちになったけど、人の感情とは不思議なものである。

 相手に悪意が無くて、向こうにもそれなりの事情があったと解れば、あの悲しみが消えてしまうのだから自分でも驚くしかない。

「……本当に悪かった」

 ちゃんと元通りあるから。と渡される。

 投げて散らばってしまった血の剣ブラッドソードもちゃんと箱に収められている。投げられて壊れた場所は、きちんと修復されていた。

 イルはガヴィから受け取った箱を大事そうに受け取った。


「……めちゃくちゃ個人的な感情をお前にぶつけたし、完全に俺に否があった。辛い思いをさせてすまん」


 思いがけず返ってきた血の剣ブラッドソードにジーンとしたけれど、ガヴィがイルを訪ねてくるときは大概頭を下げているガヴィを見ている気がして、イルは思わず吹き出した。

 その声にガヴィは信じられないものを見るようにイルを見る。

「ご、ごめ……、だって、ガヴィ……よく考えたら謝ってばっかりなんだもん」

 イルの指摘に心底情けない顔をする。

 だが残念ながら何ひとつ間違っていないので、反論できるところがない。

 イルは無理矢理笑うのをやめてガヴィの顔を覗き込んだ。

「うそウソ、笑ってごめんね? もう大丈夫だよ。全然気にしてない!」

 ガヴィも元気になって良かったね! と笑うと、ガヴィはイルの頭をくしゃりとやって「ありがとな」と笑った。



「……あと、あんまいい話じゃねえんだけど」

 そう前置きしてガヴィが話しだした。

「お前の一族の遺体、フォルクス伯爵が隠す為に、村の外れにまとめて埋めてあったらしい」

 伯爵代理の男爵が調査している時に不自然に掘り返され埋められている土地を不審に思って判明したらしい。

「……お前に言うか、迷ったけど……ちゃんと埋葬されないのも辛いだろ。男爵がちゃんと手配して、判別つきそうな遺体は棺に入れて保管してくれてるらしい。

 それでよ……誰が誰か、解るのはお前しかいないから……」


 どうする? とガヴィは聞いた。


「男爵が呼んだ魔法使いに防腐措置をとってもらってるけど、すでに元々かなり腐敗は進んでる。しかも、ほとんど燃えていて……あまり判別はできないかもしれない。……辛い作業になる。無理ならそのまま埋葬する」

 言い辛い事を、いつもは言葉の荒いガヴィが言葉を選んで言ってくれているのが解る。


 紅の里で待ち受ける事を考えると足が竦みそうになるけれど。


「……ありがと。大丈夫だよ!」


 きっと、大丈夫。ガヴィが一緒なら。


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