track3-3. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-

「――わかった。じゃあ、一つ条件がある」

「条件?」

「おまえら、何でも良いから一曲やってみろ。その出来できが良かったら、今日の練習時間はゆずってやるよ。そんくらいできるだろ?」


 康二郎は夏野と春原はるはらを見下ろしながら、鼻を鳴らした。


「――それもできねぇ内にスタジオを使うなんてもってのほかだ。おうちで練習して出直してくるんだな」


 康二郎の台詞せりふに明らかにカチンとした様子の春原がギターのネックを握り締める。


「望むところですよ。丁度今からやろうと思ってたんで」

「おい、春原……」

「夏野さん、今の曲やりましょう」


 それでも夏野は何かを言いたそうにしていたが――何を言っても無駄だと思ったのか、渋々ながらにうなずいた。

 春原が1年生ということは、彼が敬語で話しているこの夏野という少年は恐らく2年生だろう。

 しかし、康二郎は夏野の顔を見た覚えがない。

 単純に自分が認識していなかっただけか、それとも――。


 康二郎が夏野について思いを巡らせている間に、春原がギターを構えた。

 たたずまいや手捌てさばきから見て、間違いなく経験者だろう。

 その春原の視線の先には浮かない表情の夏野が立っているが、やがて彼も何かを決意したようにゆっくりとうつむく。


「1,2,3,4」


 口でカウントを終えた春原が弾き出した瞬間――康二郎は納得した。

 曲は数年前に流行ったアメリカのロックバンド、Mr.Loudのものだ。

 ギターの速弾きがフィーチャーされがちなバンドだったが、ドラムも力強さと変則的なテクニックが特徴で、当時は康二郎も何曲か練習していた。

 今春原が弾いている曲はギターの手数も多く初心者ならまず選ばない代物しろもので、それを春原は全く気負うことなく完璧に弾きこなしていた。


 ――生意気な野郎だが、ギターのテクニックは合格点ってとこか。


 しかし、イントロが終盤に差し掛かったその時――急に正確だった音が止まった。


「――あ?」


 康二郎が上げた声に反応することなく、目の前の春原は目線を夏野の方に向けながら硬直している。

 そのまま、春原は口を開いた。


「……夏野さん?」


 横に視線を移すと、夏野の顔から血の気が引いている。

 まずい――そう思った次の瞬間、夏野の身体のバランスがぐらりと崩れた。


「おい!?」


 康二郎は倒れる夏野をすんでのところで抱き止める。

 体格からして少しひ弱そうだとは思ったが、まさかいきなり倒れるとは思わなかった。

 随分軽く感じる身体を床に座らせて、康二郎は安堵あんどの息を吐く。

 当の夏野は青い顔色のまま、小さく震えていた。


「どうした、おまえ――大丈夫か?」

「……すみません、大丈夫です」


 ぼそりと夏野が答える。

 本人もかなり動揺しているようだ。

 春原も夏野に視線を合わせながらかがみ込む。

 こちらは表情はあまり変わらないものの、先程までの威勢は鳴りを潜めており、かなり狼狽うろたえているように見えた。


「夏野さん、すみません――俺が勝手に」


 春原の言葉に、夏野が力なく首を横に振る。

 口が少し動いたが、言葉にならなかった。

 一体今何が起こっているのか、康二郎には理解ができない。


 全く背景の見えない二人組に内心戸惑とまどっていたが、ふと冷静になってみれば自分が彼らに付き合う義理も道理もない。

 はーっと深く息を吐き、康二郎は腰を上げてすっかりおとなしくなった二人を見下ろす。 


「――ま、人前で歌うのが恥ずかしいようじゃ、まだまだだな。さっさと出ていけ、練習の邪魔だ」

「……何だと?」


 感情を取り戻した春原がこちらを睨み付け、立ち上がろうとしたところを――夏野が手で制した。


「ごめんな、春原――今日は帰ろう」


 夏野がゆっくりと立ち上がる。

 少しふらついてはいたが、こちらをとらえたその眼差まなざしに康二郎は一瞬、息を呑んだ。

 その弱く震えているはずの瞳には、まるで燃え盛るほのおのように熱が宿っている。


「お邪魔しました」


 そして、二人は連れ立って出ていき、あとには康二郎だけが残された。


 ――何だったんだ、あれは。


 謎の訪問者に思いを馳せようとしたところで考えても仕方がないことに気付き、康二郎は考えるのを止めた。

 スタジオが使える時間はあと75分、貴重な練習時間を無駄にはしたくない。


 ドラムセットの準備をしながら、康二郎はふと先程春原が弾いた曲を思い返す。

 まんまと乗せられたようでしゃくだが、久々に叩いてみるか――康二郎は頭の中で曲を思い出しながら、椅子に座りスティックを構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る