track2-2. 夏鳥は弾丸を噛む -The Summer Bird Bites the Bullet-

「――トモ」


 ふと、夏野を呼ぶ声がした。

 顔を上げると、そこには夏野と同世代の少年が快活そうな笑みを浮かべて立っている。


「――たすく……?」


 夏野がその名を呼ぶと、佑は夏野の前の席に座り、振り向きざまにニヤリと笑った。

 少しずつ周囲の喧騒けんそうが耳に入ってきて、これが中学生の頃の教室の記憶だと気付く。

 休み時間になると、よく佑はこうして前の席から夏野に話しかけてきた。


「今日兄貴から借りたDVD持ってきた。例の超絶速弾きバンド、休み時間に視聴覚室でない?」

「いいね、観よう観よう」

「ほんとビビるから。信じられる? ドリルでギター弾くんだぜ」


 佑が口でギュインギュインと言いながらエアギターの振りをしてみせる。

 その様子がおかしくて、夏野も「マジで?」と大袈裟おおげさに驚く振りで応戦した。


「マジマジ。今度のライブで俺たちも披露ひろうしようぜ。用務員室でドリル借りてさ」

「いいじゃん、さすが佑」

「なっ、ナイスアイデアだろ?」


 得意げに笑う佑を見て、夏野もまた笑みを浮かべる。


 夏野が佑と組んだバンド『NORTHERN BRAVER』は学内で一番人気があった。

 バンド名の由来は何てことはない、夏野たちの通う学校が『北中学校』だからだ。

 幼い頃からギター教室に通っていた佑がリーダーを務め、夏野がボーカル、そしてベースとドラムは初心者の同級生たちが担当している。

 気負いのないバンド名とは裏腹に折り紙付きの実力が功を奏し、ライブでは固定ファンもついていた。


「なっちゃんおつかれ、今日も格好良かったよ!」


 亜季はいつも最前列でライブを見守り、終わったあと必ず夏野の所に来る。

 そんな幼馴染みの熱意に満ちたねぎらいに、夏野は照れながら「サンキュー」とだけ返すのが精一杯だった。


「ちょっと高梨たかなしさん。トモだけじゃなくて俺は?」


 そんな二人の間に佑がにゅっと顔を出す。

 亜季が「佑くんも勿論もちろん良かったよ」と返すと、佑は得意げな表情で夏野の肩を抱き寄せた。


「だろ? 俺とトモが組んだら最強だもん」

「今度コンテストにも出るんだって? 応援に行くから頑張ってね」

「あぁ、軽く優勝だな!」


 豪快に笑う佑につられて、夏野も一緒に笑う。

 正直コンテストの結果はどうでもいい――そう言うと佑は怒るかも知れないけれど。

 バンド活動は楽しいし、何より佑の演奏が好きだ。

 佑のギターに乗ると、なんだかいつもより上手く歌えている気がする。

 音楽の趣味が合う一番の友人でもある佑は、夏野にとって特別な存在だった。


 だから、佑がコンテストに出たいと言った時にも、夏野は二つ返事で参加を決めた。

 ――今思えば、あの時が一番楽しかった。



「――あの」


 いきなり話しかけられ、夏野は一気に現実世界に引き戻される。


 慌てて顔を上げると、例のストリートミュージシャンが目の前に立っていた。

 大きなサングラスで目元を隠し黒いニット帽で頭を覆うそのちは、対峙たいじする者に否応いやおうなしの圧迫感を与える。

 一瞬その雰囲気にまれかけたが、動揺を悟られるのが口惜くやしくて夏野はあえて強い声を出した。


「――何?」


 夏野の声を聞いた目の前の男は、しばし沈黙したあと遠慮がちに口を開く。


「……いや、何か俺の演奏一生懸命聴いてくれていたから、もしかして知っている曲かと思って。『Mr.Loud』、好き?」


 良い声だな、と思った。

 そして同時に、久々に聞く『Mr.Loud』という単語に夏野の心はざわめく。

 それは、あの日佑と視聴覚室でライブ映像を観たバンドの名前だった。


「あぁ……うん、昔よく聴いてた」


 心を落ち着かせながら答える。

 サングラスで表情は少し読み取りづらいが、夏野の目には彼が心なしか嬉しそうに見えた。

 平静を取り戻した夏野は、ふと気になったことを口にする。


「あえてバラードじゃなくてあの曲を弾いていたのは何で? アコギだと弾きづらくない?」

「バラード一通り弾き終わっちゃったから――あ、聴いてなかった?」


 彼がちらと夏野の手元を見た。


「あ、CD聴いてたんだ。何聴いてたの?」

「『Swords & Flowers』知ってる? さっきライブ盤中古屋で見付けて」

勿論もちろん知ってる。俺も好き」


 そして今度はSwords & Flowersの代表曲を爪弾つまびき出した。

 またもやそれはアコースティックで弾くような曲ではなかったが、夏野の心にはすとんと自然なスピードで届く。

 思いがけず訪れた小さな奇跡の連続に、思わず夏野の顔から笑みがこぼれた。


「その曲もアコギで弾く人初めて見た。上手いね」

「ありがとう。なんだか俺たち、すごく趣味が合うみたい」


 彼の瞳が真っ暗なサングラスの奥で笑ったように見える。

 そして彼は「あ、そうだ」と思い付いたように続けた。


「――ねぇ、折角せっかくだから、一曲歌っていかない?」

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