第56話

今日から私の中学生活が始まる。本当に久しぶりに『竹島 正義』君に会える。とっても楽しみで、興奮して、でも……不安で………。ここ最近全然眠れてない。


パパに言われた通り、私は皆が嫌がるようにわざと汚い格好でこれから学校に毎日通うことになる。



「お嬢様……。本当にこんな姿で大丈夫なんですか?」


ガスマスクを被ったメイド長のユラが、私に臭いスプレーを全身に吹きかけながら、心配そうに聞いてきた。


「大丈夫なわけないでしょ!! 最悪だよ……ほんと………あり得ない……。でも……これは、パパとの約束だから。私が、学校に入る為の条件だから……」


他のメイドが、私の髪をぐちゃぐちゃに乱した後、ダサすぎる黒縁眼鏡を手渡す。私は、その糞ダサ眼鏡を顔に装着して、全身鏡を見た。


「………………」


絶句。失神寸前。あまりに汚い自分の姿に気絶しそうになった。こんな姿で、彼に会うの?


何、この罰ゲーム……。悪夢…………。



「くっ…汚っ……臭ッ! お嬢様。私も校長として、そろそろ行かないといけないので、仕上げは他の者に任せますね」


「あのさぁ………いい加減、その軍使用の防毒マスク外したら? いくらなんでも失礼過ぎない? はぁ~~~~」


メイドから校長に。雰囲気が、ガラリと変わった。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。彼ならきっと、こんなことであなたを嫌いにならないから(たぶん)」


優しく頭を撫でられた。安心する。まぁ……相変わらず、マスクを外す気配がないのが腹立たしいけど。



ありがとう。


………………………。

………………。

………。



桜の香りが、開け放たれた教室の窓から入ってくる。

予想通り。初日でクラスのほとんどの人間に嫌われた。クスクス笑われたり、露骨に嫌な顔をされた。


そりゃそうだよ………。それが、普通のリアクション。だって、臭すぎるもん。あり得ないよ、この格好。はぁ……。


こんな姿で、三年間過ごすの?


彼以外。他の生徒、教師なんてどうでもいい。でも彼だけには嫌われたくない。避けてほしくない。裏で手を回して、彼の隣の席をキープしたのはいいけど。


まだ一度も彼をまともに見ることさえ出来ない。



「俺、竹島。これから宜しく」


「っ!?」


突然、話しかけられた。心臓がドクンッと跳ねた。


「………………」


「聞こえて…るよな?」


臭いよね。


汚いよね。


ごめんなさい。



「…わたし………神華……零七………」



小さな桜の花びらが、目の前を横切る。

幸せ過ぎて、死にそうだった。


だって、世界で一番好きな人が隣にいるんだからーーー。


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