パパとママ

第49話

中学に入学し、出会った一人の女。

髪はボサボサだし、制服も皺だらけ。

風呂にすら入っていないらしく、体からは、常に酸っぱい生ゴミが腐ったような臭いがしていた。

地味なメガネに時折聞こえる奇怪な笑い声。常に周りを警戒しているようなおどおどした表情、態度と変な癖のオンパレード。


まぁ、当然のように浮いた存在だった。まるで病原菌を見るようなクラスメイト達の視線。無視が定着していた。


なぜか俺、竹島 正義(たけしま せいぎ)は、三年間この女、神華 零七(しんか れいな)の隣の席だった。席替えは、何度も何度も何度も何度も何度も何度もあったが、本当に不思議なんだけど、いつも俺と神華はセットになっていた。


呪いのよう……。


まるで、お前がこの面倒な不潔女の世話をしろと言われているようだった。

そんな俺は、友達と呼べる存在を一人も作ることすら出来ず、今日卒業式を迎えてしまった。


「最悪な中学だったな……」


下に落ちた嘆きが、跳ね返ってきて余計鬱になった。

両親は海外生活の為、ボッチの俺はこっそりと裏門から出た。賑やかな笑い声。卒業と言うイベントに感化され、鼻をすする音が不快だったから。


「はぁ~~~~あ~~~~! くそ」


その時、誰かに声をかけられた。振り返り、更に鬱の密度が増した。


「竹島…くん……」


「し、神華!?」


嘘だろ、もう勘弁してくれ。


さすがに限界……。


最後の最後まで、俺に付きまとうつもりか。お前のせいで、俺の中学三年間は最悪だったんだぞ。糞みたいなバカな奴には、付き合ってるって変な噂まで流されるし、そのせいで俺まで変人扱い。常に隣にいるから、俺までクサイ臭いがするし。そんな生ゴミ臭い男に彼女なんか出来るわけねぇだろ!


ってか、頼むから風呂くらい入ってくれ!


家に風呂がないなら、銭湯の金くらい出すから。


「私…ね………」


「……………」


早く解放してくれ。何をチンタラ立ち話してくれちゃってるんだよ。


「…好き…な…の……」


「は? 聞こえないよ、そんな声じゃ」


「竹島君のことが、大好きなのっ!!!」


「わっ! な、なな、何だよ。いきなり………鼓膜…痛ぇ……。いきなりそんな大声出すなよ」


「ごめんなさぃ……」


うん? 大好きだと。俺のことが?


ハハ………。初めて告白してくれた相手が、お前だなんて。


いい機会だ。そうだ。今までの鬱憤を込めて、はっきり言おう。

俺は、お前のことが大大大嫌いだと。お前のせいで、俺の三年間ブラックだったと。


「……あのさ、俺」


その時見た、神華の顔。地味な黒縁メガネ越しの彼女の目。今にも涙が溢れそうだった。唇は微かに震えていた。


「き、き、きら……。気持ち、嬉しいよ。でも友達からスタートしたいと言うか、心の準備がまだ出来てないと言うか………」


何言ってんだ、俺。バカ過ぎだろ。

友達からスタート? 意味不明。あんな涙に心動かされてどうすんだ!


「じゃあ……可能性はあるってこと?」


ないないナイナイナイナイ。ゼロだよ。


「うっ、うん。じゃあ、また! 神華は、確か八条学園だったよな。あんな県外の偏差値高いお嬢様校良く受かったな。ま、まぁ……お互い頑張ろうな」


逃げるように、この場を去ろうとする俺の背中に、別人のような今まで聞いたことのない力強い零七の声が届いた。


「合格よ。今、パパの許しが出た。やっぱり、あなたしかいない」


意味が全く分からなかったが、彼女を無視して家までダッシュした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


高校の入学初日。

キラキラ光輝く新校舎にさらに気分が高揚した。自分の席に着席し、怯えながら隣の席の住人を確認した。


「あっ、宜しく」


「…………こちらこそ。うぅ……」


隣には、神華 零七ではなく気の弱そうな優男が座っていた。それを見ただけで涙が出そうだった。


「大丈夫?」


「大丈夫だよ。優しいんだな、ありがとう」


少し怪訝そうな顔になったが、後でフォロー入れとけば大丈夫だろう。


無事に一日が終了した。しかし、明るい未来が見え始めた高校生活七日目、事件が起きた。その日は、隣の席の前田(友達になりかけていた)が欠席していた。

朝一の担任の挨拶。


「今日は、転校生が来るからな。まぁ、宜しくやってくれ」


相変わらず、いい加減な説明の後で教室内に転校生が入ってきた。

まるでテレビから出てきたような美少女だった。教室内がザワつく。特に男子。艶々した黒髪。ここからでも分かる良い香り。その美しさに一瞬で心を奪われた。それは、俺以外の男子生徒も同じらしく、露骨なほど彼女を狙っているのが分かった。


まぁ、別に彼らと争うつもりはない。それにあのレベルの女なら、今まで腐るほどの男にチヤホヤされており、そういうモテる女は少し苦手だった。


頬杖をついて、教師が黒板に書いた汚い字『神華 零七』の文字を見た。


神華………れい……な………。


瞬時に冷や汗が額を濡らした。迷うことなく、俺の隣の席に座る女。黒板から目を離せないで震えている俺の横顔をニヤニヤしながら見つめているのが、嫌と言うほど分かった。吐きそうだった。


「また、宜しくね。竹島君」


「な、な、なんで……」


あり得ない。どんなに頭をフル回転しても答えは出なかった。そんな焦りまくる俺の鼻をくすぐる落ち着く甘い匂い。


隣を見る。


「フフ……驚かせちゃったね。後で説明するから。放課後をお楽しみに~」


あの糞ダサい黒縁メガネはしていない。コンタクトにしたのか?

それにあの臭いもしない。むしろ、今は良い匂い。風呂にもちゃんと入ってる?


ってか、こんなに可愛かったんだ!


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