第12話
いつも猫背で、極度の人見知り。常に人の目ばかり気にしている。前髪が長く、下ばかり見ているせいで誰も彼女の素顔は知らない。
一言で言うなら、目立たない地味な女。
それが、番条 鈴音(ばんじょう すずね)だった。
前に俺が見た彼女は、近くにいるのに、わざと本人に聞こえるように悪口を言われている姿。それにも関わらず、彼女は何も言わない。出来ない。
昼休みーーー。
二川さんの影響なのか。
基本誰もいない学校の屋上が俺のお気に入りの場所になっていた。購買で買った焼きそばパンを食べながら、至福の時間を過ごす。
ギィィ…………。
珍しく鉄扉が静かに開く音がしたが、気にしない。生徒立ち入り禁止のこの場所に来る生徒は、一人が好きな奴だと勝手に決めつけている。俺に干渉などしないだろう。
「なに…を……食べてるの?」
「………………」
速攻で干渉してきた邪魔者を横目でチラ見。隣のクラスの番条だった。
「青井くんは……今…なにを………食べてるの?」
なぜか涙声になったことにひどく焦り。それに加え、番条が俺の名前を知っていたことに驚きもした。
「や、焼きそばパン。購買にあるだろ、普通に………。あ~、えっ……と、番条さんは、これから昼飯? なら、早く食べないと授業始まっちゃうよ」
「……お金……ないから……何も買えなかった……」
「はぁっ!? 財布忘れたの?」
「ううん……違う……。二組の左山さん達にお金を貸したの………だから………無一文になった………」
「いやいや、それは」
バカなのか、この女は。
それは貸したんじゃなくて、取られたんだろ?
「でもね……こうやって……いつもみたいに……美味しい空気を食べる…から…………大丈夫………です」
突然、天然を発動し、深呼吸を始めた。
「これ、あげるからっ! それ、やめろ。こっちが恥ずかしくなる」
俺は、慌てて未開封の揚げパンを彼女に手渡した。
「………食べて……いいの? お金……一円も持って…ない………」
「遠慮するな。………お節介だと思うけどさ、今度から嫌なことは嫌ってはっきり言った方がいいよ。さっき、金を貸したって言ったけど、奴等が律儀に金を返すわけないだろ? 誤魔化されて終わり。まぁ、もし今度それでイジメられたら会長に相談すればいいよ。助けてくれる」
「………モグ……モグ……ん……」
揚げパンに夢中で俺の話など聞いちゃいない。小さな口で食べるその姿が、小動物のようで可愛いかった。
「この……ご恩……一生忘れません……」
「ハハ、大袈裟だよ」
笑いながら、鉄の扉に手をかけた。
「でも、貸したお金は利子をつけて彼等から必ず回収するので大丈夫ですよ。だから、心配無用です」
そう話した彼女の口調は、まるで別人のように力強く聞こえた。驚いて振り向いた俺の目に写る彼女は、また元のように揚げパンに夢中で………。俺は頭に『??』を浮かべながら、静かに扉を閉めた。
一週間後。
二組の左山ほか、生徒三人が学校を辞めた。理由は家庭の事情らしいが、噂によると彼等の家に恐い高利貸しのお兄さんが毎日のように来ていたらしく、夜逃げしたとか……捕まって外国に売り飛ばされたとか……。まぁ、実際のところは良く分からない。
その日の放課後。臨時の全校集会があり、俺達はいつものように体育館に押し込まれた。俺達を見下ろす会長の横で、猫背の女性がモジモジして立っていた。壇上が一番似合わない番条だった。
「今日は、皆さんにご報告があります。長い間、不在になっていた副会長のポスト。その役をこの番条さんにお願いすることにしました。あと、数字に強い彼女には会計も兼任してもらいます」
「よ……よろしく………お願い……します…。青井くん……」
なんで、俺を名指し?
俺と目があった番条は、ニカッと怪しく笑った。光った八重歯が見え、なぜか全身に鳥肌が立った。
ーーーこの時の体の異常が、彼女が持つ『悪魔的』なものが原因だったと気付くのに、そう時間はかからなかった。
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