第5話

ボロアパートの一室。

カタカタと古い型の扇風機が健気に風を送り続けている。


それでも湿度は、高く……。汗を拭いながら問題とにらめっこを続けていた。そんな俺を、氷のような目で見下ろす鞭を持った女(家庭教師)。


「こーーんな簡単な問題も分からないの? 少しはそのヒヨコ脳を使いなさい」


「さっきから、ずっと使ってますよっ!!」


ビシッィ!


「ギャアァあ………痛っつつ…」


鞭が背中に当たり、激痛が走る。


「口答えしないで。あなた、何様ですか? お嬢様の頼みじゃなかったら、こんなオモチャの鞭じゃなく、本気鞭使って今頃殺してますからね」


本気鞭があるの?

この鞭でも、死ぬほど痛いのに?


「さぁ、次はこの問題です。ボケっとしないで」


「は…ぃ……」


自業自得。


そもそもこの状況を招いた原因は、すべて自分にある。この前あった学校の中間テストの結果が非常に悪く、追試が決定した。その後すぐ、激怒した会長に生徒会室で説教された。説教中、無性に耳が痒くなった俺は、その事を会長にアピール。………気づいたら、なぜか会長の膝枕で耳掃除をしてもらっていた。


何だかんだで、七美は俺にかなり甘い。

でも、さすがに甘えてばかりもいられない。


食費を切り詰め、バイトに入る日数を減らし、勉強する時間を増やした。さらに土日は、七美の付き人。メイド長の卯月(うづき)さんに家で勉強を教えてもらうことにした。卯月さんは、七美と俺との関係を知っている数少ない人物だった。


「こんな情けない結果では、将来、お嬢様を幸せには出来ませんよ? 結婚したら、最低でもグループ企業の幹部にはなっていただかないといけませんから」


「……………頑張ります」


やっと昼休みに入ると、七美が温かい昼飯を配達してくれた。栄養バランスを考えた完璧な食事。量と味、申し分なかった。


「ありがとう、七美」


「頑張ってね。でも、無理はしないで……。ずっと、そばで応援してるから」


午後のシゴキが始まる前に卯月さんに前から気になっていたことを聞いてみた。

子供の頃からの世話役。七美の事を知り尽くしてる彼女だからこそ、聞いておきたかった。


「あの……。始める前に一つ質問いいですか? えっ…と……七美さんって、そもそもなんで俺が好きなんですかね。ハハ……今だに良く分からなくて。俺には、特に人より優れたところもないし……。七美なら、男なんて選び放題だと思うんだけど」


「さぁ、お嬢様のお心は私にも分かりません。…………ただ」


「ん、なんか言いました?」


「時間が勿体ないので、くだらない質問タイムは終了です。さぁ、目の前のテキストに集中して。またバカな間違いをしたら、叩きます。背中が痛くて痛くて、今晩眠れなくなりますよ?」


「は、はいっ! 勉強に集中するから。頑張るから。だから、叩かないで。お願い」


「……………ふぅ」



お嬢様があなたを好きな理由ーーーー。


そんな事も分からないなんて、やっぱりアナタは大馬鹿ですね。



答えは、簡単。



あなたがお嬢様の命の恩人だからですよ。

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