第9話
「誰が僕たちを殺すって言うんだよ! そんなことあるわけない。今から警察に行こう。そこで粘り強く話したら分かってくれる。僕たちを守ってくれるよ。そんなワケの分からない殺人者から僕たちを、」
「そんなことしても無駄なのっ! 分かってよ……。もう過去に何回もそんなことしてる。でもね、その度にその人は信じられない拷問を受けて、ゴミのように殺されたわ。警察関係者の中にも私たちを狙ってる組織のメンバーが何人もいるんだよ。もう私達を救える人はいない。殺された人の写真見る? どうやって殺されたか。この世の地獄よ」
霊華は、胸ポケットから綺麗に四つ折りにされた写真を一枚取り出した。それを僕にスっと差し出す。その写真を震える左手で受け取った。写真は、手の中でカサカサと羽虫のような音を立てている。ゆっくりと写真を広げた。
牢屋のような場所……その中央で。
「っ!!!」
写真を投げ捨て、フェンスまで走った。どうしても、これが現実だと認めたくなかった。
「分かった? 私達のこれが末路よ。地獄でしょ?」
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
嘘…だ……ろ?
こんなの現実じゃない!
こんなのって……。
「もう私達に残された道は、獣人ってことを隠して、静かに暮らしていくしかないの」
写真の中の人間は、確かに拷問を受けて殺されていた。
両方の耳を削ぎ落とされ、目玉を卵の黄身のようにグチャグチャに潰された人間が写真中央で倒れて死んでいた。口からは、見たこともない夥しい量の血を吐いていた。コンクリの床には、その人間の血にまみれた爪が何枚も落ちている。合成ではないことは素人の僕でも分かった。
「……はぁ……はぁ」
震えが止まらない。今まで感じたことのない悪寒が、ナメクジのように全身を這い回っている。顔を上げていないと今にも吐きそうだった。
夜空を見上げ、この悪夢から早く覚めるように必死に願った。
眼前の景色が、歪んで見える。ビルも家も商店街も学校も……ドロドロと溶けていく。どうして、こんなことに。獣人だと誰かにばれたら、僕も写真の中の男のように殺されるかもしれない。
はぁ………はぁ……ぁ…。
「ごめんね。やっぱり見せるべきじゃなかった。ごめんなさい」
いつの間にか、僕の隣には同じようにこの町を眺めている霊華の姿があった。
……恐い。恐くて恐くて堪らない。
助けて。
「背高くなったね。昔は、あんなにチビだったのに」
背伸びをして僕の頭を撫でる。何度も僕の頭を往復する優しさ。次第に気持ちが落ち着いてきた。僕の首を締め上げていた黒い死神が、逃げていくようだった。
「もう…大丈夫……。ありがとう」
「ほんとぉ? まだ震えてるけど。雨に濡れた子犬みたいだよ」
意地悪い笑顔で僕の顔を見ている。その顔を見て、正気を取り戻していた。霊華にまた助けられた。
「大丈夫。そんなにガキじゃないし。はぁ……正直、驚きの連続だよ。でもさ、獣人ってことを隠していれば問題ないわけだしね。まぁ黒い風が吹いた時には、不必要でもマスクはしたほうがいいと思うけど。誰に見られているか分からないしさ」
そうだ。そのことにさえ注意していれば、今まで通りの生活が出来る。マスクを装着する動作は、もう体に染み付いているし忘れることもないだろう。
僕は、大きく息を吸った。冷気が肺を満たす。濁った空気を思い切り夜空に吐き出した。
「ナオト……。もう一つ言っておかなくちゃいけないことがあるの」
すごく嫌な予感がした。
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