第41話 その頃の悪役令嬢は…

「ぐやしいっ! このわたくしがダスティンなんぞに後れを取るなんて!」


 クラウディア・サウス・チャンドラーは、バイロニー襲撃失敗から何度もあのシーンを回想している。ダスティンが力強く、扇子を弾き返すシーンだ。


(悔しいけど……ちょっとカッコよかった……なんて)


 悔しさが一巡すると、ぽっと頬が熱くなる。


 クラウディアは汚女おとめではあるが、恋する乙女でもあるのだ。ダスティンは萌えと性欲の対象ではあるが、純粋に一人の男性としても好きなのだ。好きだから余計に騎士団長の犬と化している彼が許せないのだ。


「あの騎士団長、絶対に女ですわ。間違いない」


 ぐぬぬ……と拳を握りしめ、扇子を手に取る。


「ダスティンを一人占めしたい! わたくし以外の女を抱くなんて許せないッ!」


 欲望を叫びながら扇子を素ぶりする。そんな時、遠慮がちにドアがノックされる。開けるとそこには、天才魔術師であるショルダー・ザラス・ウィスカーズの姿があった。


「例のポーションは成功しまして?」


「……成功したように思われます」


「思われる、じゃダメですわ。完璧なものを仕上げてくださらない?」


 腰に手を当て、ギロリと睨むが、ショルダーは暗い目のまま動じない。


「まぁ、失敗だとしても身体には害はありません。すぐに元に戻りますから」


「すぐじゃダメなのよ。一晩はもたせなさい。一晩中、生意気なダスティンをひぃひぃ言わせてやるのです。やり直しですわ」


 やり直しを命じると、ショルダーは無言で手を出してきた。


「それ以上もたせるなら、ここでは手に入らない薬草が必要になります。追加で費用を戴かないと」


「追加費用? どこにある、なんの薬草ですの?」


 クラウディアは国一番の金持ちの令嬢であるが、意外と吝嗇家りんしょくかなのである。豪華な衣装も実は自分でデザインし、自身で作りあげている。アクセサリー類も母からのお下がりを着用し、無駄な出費をとことん嫌う。


「ツノウミヤ地方にある、ギョウザ草。それがないと長持ちはしません」


「遠いですわね……ちょっと考えておくわ」


 ショルダーを下がらせる。


(まったく不気味な男ね)


 クラウディアは、ショルダーと会うと背筋がぞわぞわするのだが、あの男は国一番――いや、もしかすると大陸一の天才かもしれないという。


 ショルダーには性転換ポーションを注文している。道具で攻めることも考えたが、愛するダスティンの処女は自身のもので散らしたいのだ。


(あぁ楽しみ。ダスティンはどんな反応になるかしら。快楽に支配されて『もうクラウディアなしでは生きられない』とか言っちゃうのかしら。グフッ)


 ベッドに転がり妄想で悶えていると、今度は窓がコンコンと叩かれる。


 窓を開けると、すらりとしたスレンダーな女が猫のように入ってきた。この女は、チャンドラー公爵家の隠密である。この隠密は、先祖代々チャンドラー家に仕えている。


 クラウディアの幼馴染みでもあるこの女に、ダスティンの様子を窺うように頼んでいたのだ。


「ダスティン殿下に動きがあるようです」


「あの女騎士団長と何かあったのかしら?」


「はい。ツノウミヤまで婚前旅行に出かけるようです」


 その瞬間、脳みその中で爆発が起きた。


「な、な、な、なんですって!? 婚前旅行ですって!? 許せませんわ。ダスティン、どこまで生意気ですの!?」


 ぶるぶると震えて、扇子を振り回す。隠密の女は慣れているのか、なんなくその扇子を避けた。


「許せません。妨害してダスティンをさらいます。浚って一晩中……ッ」


 そこまで言ってから、ふと思いつく。


(ツノウミヤ……ちょうどいいですわ。あの男も連れて行きましょう)


「アヤメ、これからわたくしも魔術師を連れてツノウミヤへ向かいます。お前も付いてくるのです」


 そう言って旅支度を始める。


「この本も持って行きますわ」


 またダスティンの魂の姉が書いた本を持つ。


「お嬢様」


「なんですの?」


 ひざまずいた隠密女――アヤメは、真摯な瞳でクラウディアを見上げた。


「その新作の薄い本、読み終わったらわたくしにも」


「あぁ……」


 クラウディアはもう一冊本棚から取り出す。


「五十冊買ってあるから持って行きなさい」


 自身の萌え、保存、そして普及用にまとめ買いをしている。


 クラウディアは、作家・カレン・ルナ・ワーグナーにとってかなりの上客なのであった。

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