第33話 悪役令嬢の襲撃

 物音はバイロニーの部屋から聞こえた。


 乱暴に部屋のドアを開けると、そこには正座をして頭を下げるバイロニーと、扇子を持って佇む黒ずくめの人物がいた。目と髪だけを出している、The・忍者という装束。


 そんな衣装この世界でどこにもないのに、どっから用意したのかね。蜂蜜色の縦ロールと扇子から、もう誰かわかっちゃってるけどさ。


「私の首で国が収まるならどうぞ。これ以上、ダスティン達に迷惑もかけられませんからね」


 扇子を持つ人物に首を差し出すという構図がそもそも変なのだが。それよりも。


「まだそんなこと言ってんのか! バカだな。迷惑なんて思ってねぇよ!」


 そう言って剣に手をかける。


「クラウディア嬢、ご自身がなさっていることをわかっていますか? 深夜に国の施設である、王国軍基地に侵入して客人を襲うなんて。いくら筆頭公爵家の令嬢だからって……!」


 公爵家の令嬢どころか、王子ですら許されないことだ。


 しかしクラウディアは言葉を返すつもりがないようだ。俺と目が合った瞬間、地を蹴った。ヒールではない分、以前団長とやり合った時よりも瞬発力が上だ。横薙ぎの扇子が顔目掛けて襲ってくる。


 後方に避けて回避したが、髪が何本か風圧で切れ、地面に落ちる。体勢を崩したところに第二波が襲う。剣で受け止め、弾き返すも力負けした。衝撃で地面に転がる。受け身を取ったところで第三波の攻撃。扇子が頭上に迫る。


「ダスティン……!」


 団長が扇子を弾き返す。その時、団長から淡いピンク色のオーラが放たれた。


「い、いた……ッ」


 団長が胸を押さえてうずくまる。そこに容赦のない扇子が上段から迫る。俺の身体が団長のオーラに包まれる感覚がした。身体からピンクの光が放たれている。


「おらぁ……ッ」


 俺の剣が団長に迫る扇子を弾いた。力負けしていない。先ほどの自分と何かが違う。


「団長、俺に任せろ!」


 そう言い、思いっきり地を蹴り、扇子に向けて剣を一閃させた。クラウディアが扇子で弾き返すも体勢を崩す。そこを下から掬いあげるように剣を薙ぐと、後方に避けて倒れ込んだ。


 凄い。俺がクラウディアより優勢だ。畳みかけるようにクラウディアの急所へ剣を向けようとすると、クラウディアは舌打ちをしながら風の速さで窓を飛び降りた。


 ここは三階である。ギョッとして窓から下を見ると、クラウディアは華麗に地面に着地し、馬に飛び乗っている。さすがは最強の女。乗馬技術も上級者だ。逃走する黒ずくめの姿が遠ざかっていく。


「「「なになに? なにがあったの?」」」


 VIPルームに泊っていたロデリックと姉ちゃん、長い間トイレに閉じこもっていたユージンが部屋を覗きにやってきた。


 窓ガラスは割れ、部屋の家具は散乱している酷い有様だ。


「クラウディアが襲撃してきた」


「「「えーーーーっ!」」」


 三人とも驚愕の表情だ。あの女の事だ。裏で暗殺の指示くらいはしてもおかしくない。しかし、自らが暗殺者となって忍び込んでくるとは……!


 まぁ、その気持ちはわからなくはないのだが。古今東西探したところで、あの女以上の腕利きはいない。下手に殺し屋を雇って失敗し、拷問でゲロされては堪らないというところなのだろう。


「あの女が滞在してるのは、ユーリヒ辺境伯の屋敷だったな。明朝行って断罪してやるっ」


「あたしも行くよ!」


 姉ちゃんも手を挙げる。


「まぁ、無駄なことだと思うけど、俺も行くよ。ダスティンだけだと、受け受けしいおかずを提供するだけで終わっちゃうだろうしな」


 失礼なことを言いながら、ロデリックも一緒に行ってくれるようだ。


「僕も――」


 そう声をあげた団長を振り返る。


 さっきのピンク色のオーラはなんだったのだろうか。あれに包まれた瞬間、自分の能力が引き上げられたような気がしたのだ。


「団長、さっきのはなんだったんですか?」


 そう聞くと、団長は困惑した表情で首を振る。


「……わからない」


 苦しそうなその表情に、それ以上は言えなかった。第八騎士団の面々で交代でVIPルームを見張りつつ、朝を迎えた。




◇◆◇



「あら、ダスティン殿下。朝から可愛らしく、受け受けしいですわね。オーホッホッホッホッ」


 でかい扇子を扇ぎながら、悪役令嬢は涼やかな表情だ。


「白々しい……。昨晩のこと、忘れたとは言わせないですよ!」


 断罪するというのに、なぜか俺は及び腰で敬語口調だ。


 婚約していた当時から、俺とクラウディアの力関係は圧倒的にクラウディアが上だった。俺の方が地位は高いはずなのだが、なぜかクラウディアの方が偉そうなのだ。


 クラウディアは、たとえ末端貴族に生まれようが、平民に生まれようが、奴隷に生まれようが、このキャラなんじゃないかと思っている。いつでもどこでも「オーホッホッホ」と高笑いしている姿しか思い浮かばない。


「昨晩? なんのことですの? 昨晩はそちらのカレン様の前作である『忍者は快楽の闇に落ちる』に夢中でしたわ。この主人公のコタローも、ダスティンにそっくりですわね」


 見たくもない薄い本を寄こされる。少年忍者・小太郎のエロエロしい陵辱シーンが散りばめられた本で、俺は耳まで真っ赤になってしまった。


「姉ちゃん! また俺をモデルにしたのかッ!」


「だって、受け受けしいと言えばダスティンだもん。ちなみに攻めモデルは、クラウディア様のお父様ですわ」


「こんな本、燃やしてやる」


 逆上した俺から慌ててクラウディアが薄い本を奪い取る。


「このコタローの物語のいいところは、モブレまみれなところですわ。もうモブレ集といってもいいくらいですわね」


「筆頭公爵家のご令嬢ともあろう方が、『モブレ』とか言わないでくださいッ!!」


 ぜいぜい息を吐く俺の肩を、ポンとロデリックが叩く。


「またお前はクラウディア嬢の術中にはまって。今はそんなことどうだっていい」


 ロデリックは俺の前に出る。天敵の登場にクラウディアの目が険呑に光る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る