第30話 悪役令嬢からの痛すぎるセクハラ

 いきなりやってきたクラウディアは、応接間に入るなり俺をご指名だ。ここはホストクラブではないし、俺もホストではない。それなのに、茶を注げだの、隣に座れだのとうるさい。


「ダスティン殿下、相変わらず腰が細いんですのね」


「は、はぁ……」


 クラウディアは肉食女子だ。


 長い睫毛の奥にある美しい碧い瞳からは、乙女の恋心と共に、飢えた肉食獣のような殺気を感じる。


「もうリオ様とは一線を超えましたの?」


「な、なんであなたに、そんなプライベートなことを教えなきゃいけないんですか」


「それではまだ処女、ということですわね?」


「俺は男なので、処女とかないですから。ボーイズラブがお好きでも構いませんが、現実世界の男にそんなこと求めないでください! ていうか、どこ触ってるんですか! 腰を撫でまわさないでくださいよ!」


 息が荒いのもまた怖い。犯されるんじゃないかとすら思う。


「あなたとの婚約は解消したんですから、不必要な接触は無礼ではありませんか!」


 立ち上がって逃げようとするも、足を掬われる。ソファに仰向けで倒れ込み、そこをクラウディアに馬乗りにされた。


 クラウディアの膝がみぞうちに食い込んでくる。


「クラウディア嬢、あの、膝が、おもいっきり腹にめり込んで、めっちゃ痛いんですけど」


「ふふふ。でも今現在、わたくしに婚約者はおらず、あなたにもいない。お互いフリーということですわね?」


「いいからどいてくださいっ! 痛いってば!」


「あなたが私のモノとなり、その身体を好きにしていいと仰るなら、どいてあげても構いませんわ」


 クラウディアがわざと膝に体重を乗せてきて、蛙が潰れたような悲鳴をあげたその時――。


 ドアを開けて団長が入ってきた。


「ダスティン!」


 団長が一目散にクラウディアに駆け寄って揉み合いになった。


「クラウディア嬢、どいてください! ダスティンが死んじゃう」


「死にはしませんわ。それにこの人はわたくしの元婚約者なのです。この身体はわたくしのものですわ」


 最後にぐっと膝に体重を思いっきり乗せてから、クラウディアは俺からどいてくれた。涙目でぜぃぜぃと息を吐く俺の背を、団長が優しく撫でてくれる。


「ダスティン、大丈夫?」


 ヒロインのピンチにかけつけるヒーローみたい。俺がヒロイン役かよ。


 クラウディアを睨みつける団長は、いつになく厳しい表情だ。


「どういうつもりですか? クラウディア嬢。元婚約者なんて他人も同然です。ダスティンを傷つける権利はあなたにはない」


「そんな態度でよろしいのかしら? ハミルトン騎士団長。あなたは王国軍のなかのハチワレ団の一騎士団長に過ぎない。一方、わたくしは筆頭公爵であり外務大臣の要職につく名家の娘」


「私も王国軍統括軍団長であり、侯爵家当主の息子です。公爵よりかは爵位は劣りますが、父は軍のトップです。家の名誉にかけて、あなたにひれ伏すつもりはない」


 バチバチと女同士の火花が散る。どちらも一歩も譲らないという強い闘志を感じる。


「フン。わたくしは辺境伯家の使者として来ています。辺境伯家の使者と下っ端軍人で比較すればどうかしら? あなたはわたくしの下です。底辺ですっ」


 あくまでマウンティングを取りたがるクラウディアは、ユーリヒ辺境伯からの手紙をテーブルに置いた。


「あなた方、王国軍のハチワレ団が、イバキラ王国のバイロニー殿下を匿っていることは知っておりますわ。この地を治める領主の意向も無視し、下っ端の勝手な判断で要人を匿うなど言語道断ですわ」


 団長を下っ端としつこいくらいに断じるクラウディア。そのオーラは悪役そのものって感じ。俺は痛む腹を押さえて起き上がる。


「彼は命を狙われています。ここは人の道として、亡命を認めるのが筋というものです」


 そうクラウディアに声をかける。


「俺は下っ端軍人であると同時に、王子でもあります。俺から王太子アレックスへ手紙を書きます。亡命を受け入れるように――」


「黙らっしゃい!」


 俺の言葉にかぶせ、あの凶悪な扇子をぶんっと振った。慌ててソファーに倒れる形で避けた。


「あなたは王族身分を復活させたようですが、このわたくしの再度の申し出を断ったことで、立場は微妙ですわ。筆頭公爵家を敵に回すと言うことはそういうことなのです」


 ぱちんと閉じた扇子を俺の顎にあてて、くいっと上にあげてくる。いわゆる顎クイというやつですね。


「あなたがその身体を一生わたくしの好きにしていいということでしたら、バイロニーの亡命を認めるよう、父を通じて根回しをしてもいいですわ」


 一生!? 人の命がかかっていることだし、十分くらいなら我慢しますけど、一生!?


 それに好きにしていい、が恐ろしい。めっちゃトラウマになりそうな酷いことをされそうな気がする。いや、確実にされる。


「やめてください。ダスティンは僕の大切な部下です。好き勝手させるわけにはいきません」


 団長が顎クイ扇子を振り払う。守るように俺の前に立った。


「ダスティンも、自己犠牲の精神で頷いたりしないようにね。君の身体は僕のものだよ」


 今すごい言葉を聞いた気がする。君の身体は僕のものとは? 


 それは俺が好きってことじゃないのかーーー!?


「メイン攻め気取りですの? うざいですわ」


 クラウディアには『君の身体は僕のもの』発言はボーイズラブフィルターがついた形で伝わったようだ。まぁ、団長の一人称が『僕』だから仕方がない。確かに攻めっぽい。


「ダスティンが断わってくることは想定しておりました。わたくしはユーリヒ辺境伯領軍を率いてきておりますの。さっさとバイロニーを引き渡しなさい」


 そう言って迫ってくるが、そこに存在を忘れていたやつが乱入してきた。


「ちょっと待った!」


 入ってきたのは俺の親友の一人で宰相の息子――ロデリック・フォン・ヴァンベストであった。

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