14.勇者との力の差


 冒険者ギルドの地下にある、試験場の広場中央でフランと対峙していた。


「さて、ギルドの試験場だからな、魔法の使用は禁止、爆発物の使用も禁止だ。「参った」と言うか、戦闘不能、もしくは戦意喪失したら負けだ。良いな? 補足すると、負傷してもユーリの聖魔法で回復出来るから、思う存分にやれ」


「了解です、師匠」


 父さんから譲り受けたミスリルのロングソードを構えた。


「すぐには終わらせない。勇者を甘く見すぎたからね、ボクは怒ってるんだよ!」


 そう言って、フランは2本の棒状の物体を取り出した。

 1本の長さが30センチ程度だろうか、それぞれを手に持ち、そして槍でも持つ様に構えると、その2本の棒から光が放出され、それは一本の光の槍となって現れた。

 なんだあれは、あんな物は見たことも聞いた事も無い。

 

「……では、始めッ!!」


 師匠の開始の合図と同時にフランは踏み込んで、裂帛れっぱくの気合と共に連続突きを繰り出した。

 光の槍という事もあり、剣での弾きが可能かどうかも分からないので、まずは避ける事にする。

 連続突きを回避するだけなら余裕だ。それにこれはあくまで牽制だろう。


「クリス……なぜヤマトとクリスはわざわざフランを怒らせるような事を言ったんですか?」


「ん? そりゃあフランに本気を出させるためだ。いくら勝負だと言っても、本気でなければ実力を図る意味がないからな。 だから不本意ではあるがちょっと焚き付けてやった。話を聞く限りじゃ今までの手合わせにヤマトほど強い相手はいなかったはずだからな」


「確かに……今までの相手の様に手加減して手合わせされたら、お互いの実力が全く分からなくて、こちらも困りますね」


「そういう事。だから本気で来てもらわないといかんわけ。そして本気を出し続けてもらう為にも、そろそろヤマトも反撃する頃だ」


 牽制の連続突きが終わった瞬間、槍を引くのと同時に踏み込んだ。槍では対処しにくいリーチの内側だ。

 手始めに体当たりでもカマそうと、踏み込んだ勢いのまま肩をぶつける瞬間、光のナイフが飛び出してきた。

 とっさにそれを回避し距離を取ってフランを見ると、光の槍を持っていたはずの手に、光のナイフが握られていた。


「へえ、やるじゃないかヤマト、連続突きの回避も踏み込んだ速度もだけど、まさかあのナイフを避けるなんて、流石にボクに勝負を挑むだけはあるね」


「こっちも驚いた。 ……その棒は何なんだ。 まさか色々な武器に変化するとか?」


「鋭いね。その通り。これはね、マルチプルアームと言って、様々な形状の武器に変化する。勇者として覚醒した時に手の中にあったんだ。……これなんか凄いよ」


 フランは弓を構える体勢を取った。1つの棒を握りの位置に、もう一つの棒は引いた矢筈やはずの位置に。すると光の弓と光の矢が現れた。

 そしてその姿勢から、矢を放つ動作をする事なく、光の矢が射出された。


 射出された光の矢は矢というより魔法の様に真っ直ぐな光跡を残して飛んでいたが、それは難なく回避できた。


「流石に避けたか、じゃあこれはどう? 『ドーンレイヤー!!』」


 技名と共に、光の弓を構えた姿勢のまま、大量の光の矢が射出された。

 とはいえ、数が多かろうと直線的な動きをする矢を回避するのは難しいものではない。


「なるほど。矢を引く必要も、放つ必要もないからそんな魔法のような芸当が出来るってわけか」


 回避出来るとはいえ、離れた位置で相手するのはこちらが不利だ、やはり距離を詰めて戦うほうが良いだろう。

 連続して放たれ続ける光の矢を回避しつつ、フランに近づき、牽制代わりのロングソードでの横薙ぎを繰り出した。


「おっと! ひゃ~、本当に早いねヤマトは。でも残念。コレ、盾にもなるんだ」


 オレの横薙ぎはマルチプルアームが光の大盾となって防がれた。

 しかしこれで分かった。あの光の部分にはちゃんと物理判定がある、という事だ。


 ここからは近距離戦となった。


 今フランは片手剣と盾を持ち、攻防両方のバランス型となっている。

 そしてここまでの戦いを見る限り、師匠より劣る程度の印象だ。

 ただその剣は我流で、勇者のもつ身体能力でなんとかしているだけで、体捌きすら素人のソレだ。

 ちゃんとした師匠がついて教えればもっと強くなれる素質がある。


 つまり、十分に合格だと言える。

 さて、後は実力差を見せつけ、心底納得して仲間になってもらうだけだ。


「フラン、そろそろオレには勝てないって分かったか? 最後のチャンスだ、最強の技をぶつけてきなよ」


 フランは息を切らせ肩で呼吸をしていた。

 オレがフランの繰り出す全ての技を回避や防御をし、息をつかせる間もなく防御が間に合う程度に反撃を入れて、体力を削り続けたからだ。

 それと比してオレは呼吸が乱れてすらいなかった。


「……分かった……ボクの奥義をぶつける。それで勝てなかったら……潔く仲間に……なるよ……」


 フランは乱れた呼吸でなんとかそれだけ言うと、姿勢を正し、何度も深呼吸した。

 そして光の剣と光の盾から、一本の光の三叉の槍へと変化させた。


「行くよ……ッ!! どうなっても知らないからねッッ!!」


「来いッ!!」


「奥義ッ!!トリシェーラッッ!!」


 技名と共に爆発的な加速で間合いを詰められ、そのままの勢いで三叉槍を錐揉きりもみ回転させ、抉りこむようにオレの身体の中心へと突き出した。 


 避ける事は可能だが、それで負けても納得しづらいだろう。だからオレは力ずくでねじ伏せる事に決めた。


 槍の先端部、錐揉みしている三叉部分をミスリルの剣で殴りつけた。普通であれば余裕で弾かれるだろうその剣撃は、オレの渾身を込めた、本気の一撃だった。

 トリシェーラの勢いは削がれ、錐揉み回転は止まり、そしてフランはそのまま光の槍ごと地面に叩きつけられた。


 信じられないものを見た、という驚愕と畏怖の目でフランはオレを見上げた。

 そして。


「……ま、参りました……」


「よし、そこまで!!」


 ここで、勝負は決した。


◇◆◇


「大丈夫? ちょっとやりすぎたかな」


 倒れているフランの腕を引っ張り上げ、身体を起こした。


「フラン、君はオレの想像より遥かに強かった。 最後の技はオレが本気を出さないと止められなかった。 ……頼む。オレたちの仲間になって欲しい」


 フランの目をまっすぐ見据え、お願いした。

 本来であれば、負ければ問答無用で仲間になる約束だった。だけどやっぱり、ちゃんとお願いして、納得してから仲間になって欲しいと思った。

 これから一緒に旅する仲間なのだから。


「……負けたら仲間になるって約束でしょ。 ……それに、勇者であるボクよりも強いなんて、むしろこっちから仲間にして欲しいくらいだよ!! こちらこそよろしくお願い、します!!」


 フランはそう言って、ぺこりと頭を下げた。


「フラン、頭は下げなくても良い。これで仲間だ」


 そう言って手を差し出した。


「う、うん……」


 フランは顔を真っ赤にして、手の平の汗を服でゴシゴシと拭き、オレの手を握った。

 汗も沢山かいてるようだったし、手汗がつかないように気遣ってくれたのだろう。


「そ、そういえば、ヤマトたちの目的って何なの?」


「あ、そういえば言っていなかったっけ? 魔族の長の討伐だよ」


「え!? それって魔王の討伐って事だよね? 目的は一緒じゃないの?」


「いや違う。詳しい事はまだ言えないけど、勇者が魔王と呼んでいるやつの更に上、それが魔族の長らしいんだ」


「……らしいって……みんなそれを魔王って呼んでると思うんだけど。誰がそう言っていたの?」


「う~ん、それはちょっと……秘密かな」


「……そっか~、でもそのうち教えてね。 ボク、ヤマトのために強くなるから!!」


 女神の託宣だ、とはまだ言えない。師匠にすら言ってないのに。

 でもそのうちいつか、話さないといけない時が来るだろう。


 ふとユーリを見ると、オレの剣を指さして言った。


「ヤマト……その剣、亀裂が入ってます」


 ユーリに言われて自分の剣を見ると、父さんから譲ってもらったミスリルの剣に大きな亀裂が入っていた。

 フランの奥義を無理矢理止めたからだ。あの奥義にはそれだけの威力があったんだろう。

 力の差を見せつけるためとはいえ、剣に無茶をさせてしまった。

 そしてこの状態では、もう使えないだろう。


 頭を鈍器で殴られたように大きな衝撃を受けた。

 自分の愛用している剣がダメになる事がこんなにもショックを受ける事だなんて知らなかった。

 ユーリもこの剣が父親から譲り受けたものである事を知っているから、ショックを受けているようだった。

 途端に場の空気が重くなったような気がした。


「あ~らら、こりゃ暫く使えないな。 だがまぁ丁度良い、次の目的地は決まった。鍛冶の街、イーガスミス。そろそろ行く必要があると思ってたところだ。そこには俺の知り合いがいるから、そこで治して貰え」


 重たくなった空気を払うように、落ち込むオレの背中をバンと叩き、師匠はあっけらかんと言った。


「……え? 治せるんですか?」


 このレベルの亀裂は普通は治せない。新しい剣を買うべきだ。

 だけど治して貰えるなら、なんとしてでも治して貰いたい。

 だってこの剣は、オレと父さんの絆だと思うから。


「当たり前だ。 俺の知り合いの鍛冶師なら、ま、余裕で治せるだろ。俺も新しい武器を調達したいし、行くよな?」


「はい! ぜひ行きたいです!!」


「良かったですね、ヤマト」


「ごめんねヤマト、ボクの奥義を止めたばっかりに……」


「良いんだフラン、あれを止める事でしか、フランが納得して仲間になってくれないと思ったからしたんだし。気にしないで」


「ヤマトは優しいね……」


 フランはオレを見つめていた。

 不思議なもので、ユーリに会う前であればドギマギしてしまっていたそんな行為も、今では心音が早くなる様な事も無く、冷静に受け止めていた。

 まあ綺麗さでユーリに敵う様な人はそうそういないだろうし、ユーリ様様だな。


「ところで、フランはいつまで手を握ってるんだ? そろそろ離してもいいと思うんだけど」


「え、ダメ? 良いじゃん、仲間なんだし。それにボクは今感動してるんだから、もうちょっと浸らせてよ」


 う、ううん……。 そういう事ならあと少しくらいは良いか。


「ほ~、そうきたか」


 なんか師匠が言ってるけど、そういうのじゃないと思うんだけど。

 そしてユーリはというと、じっと遠くを見ているような、何か考え事をしているように見えた。


 ……まあ、そんなこんなで、勇者フランが仲間になったとさ。

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