Case4. 異能犯罪
『我々は神の在ることを知っている。しかし 神が何であるかを知らない』
Blaise Pascal(1623 - 1662)
▼△▼
令和二(西暦2020)年4月9日14時31分。
大阪特別行政区枚方エリア。地下商業区画。近鉄線中央改札前。丹羽寺班。
複数路線の終点として、普段は全国屈指の利用者数を誇る枚方駅。しかし、今は人っ子一人いない。一日平均五十万人が往来するターミナル駅はコードC発令と同時に立ち入りが規制され、ゴーストタウンの様相を呈していた。
「にしてもこんなにすぐに人払いを……」
「これが国家権力ってやつさ」
捜査官二人がそんなことを
彼らは周りを見渡しながら、
「いつ来ても思うんやけど、六年でこんな変わるんやな」
「ああ。かつての東京の駅とそう変わらない。十年前の上野くらいの規模だ」
臨時首都たる京都と、副都大阪。そして、
「たった四十万そこらしかおらへんかった程々の町が、いまや百万都市やからなあ」
「東エリアだけで四百万。大阪も大きくなったものだな」
どこか楽しげに語る捜査官たち。だが、それは裏を返せばその分の人口が関東地方を離れざるを得なかったということである。
――この街の発展は、人が神に一度敗れたことの証。それを……
丹羽寺は険しい表情で俯くと、小さくため息をついた。彼女は
その直後だった。
「――っ!!」
走る悪寒。微かな空気の振動。丹羽寺は間髪置かずに叫ぶ。
「伏せてっ!!」
同時に空間が破裂する。床が揺れ、天井にひびが入ってパラパラと破片が落ちた。熱、衝撃。鈍痛。それら全てが、丹羽寺の思考能力を鈍らせる。しかし、天才と呼ばれるに
パンッ!! と、乾いた銃声が轟音に混じって響く。
手応えはない。しかし、彼女は確かに気配を感じた。
――これは、異能犯罪……!
ほんの一秒にも満たない刹那の応酬。丹羽寺は地面に打ち付けられ、小さくうめき声を上げる。受け身はとった。だが、それでも不意打ちには対応しきれない。同行の二人はどうなった――彼女は即座に周りを見渡すが、その視界に彼らの姿はない。ただ、
やられた――そんな感情に身を委ねる前に、『彼』は丹羽寺の前に姿を見せる。
「すごいね。よく今ので死ななかった。褒めてあげるよ」
ぱちぱちと手を叩きながら、一人の青年が立っていた。
「……っ!」
背丈は百七十センチメートル程度。長くもなく短くもない髪に、特別整っているわけでもない平凡な顔立ち。言ってしまえば、どこにでもいるような普通の青年が、おおよそ普通ではないシチュエーションでそこにいる。
その時、丹羽寺の中でいくつかの記憶が繋がった。
「先月から続く連続不審火、そして怪爆発……全て、貴方の仕業ですね」
「ご名答だよ、お嬢さん」
パンッ!! と、再びの銃声。丹羽寺は無言で何の
空間操作の異能――そう判断した彼女は、慌てることなく拳銃をホルスターに納め、抜刀した。今どき珍しい帯刀の官吏。それこそ、史書局庁の特異性の現れでもある。
「異能犯罪取締法第4条に基づき、貴方をここで断罪します」
よく研がれた日本刀。その切先を青年に向け、丹羽寺は静かに構える。だが、青年は彼女の動きなど気にも留めず、キザったく手を広げた。
「僕の名前は
「特別……?」
丹羽寺は形の良い眉をひそめ、空街と名乗った男に険しい視線を向ける。彼は笑みを浮かべながら頷き、自慢げな様子で語りだす。
「六年前の事件で、人類は進化の契機を得た。そして、ある人は手にしたのさ。神の力、権限をね。僕らは選ばれたんだ。人間を正しい方向へ、あるべき姿へ導く存在に」
「馬鹿馬鹿しい……ほんの少し余波を受けただけで、神にでもなったつもりですか」
「選ばれなかったが故の負け惜しみかな? まあ良いよ。そんな君とて、救済の対象だ」
自己陶酔に取り憑かれているかのような口調で、空街は丹羽寺に
「寝言は、寝てから言えっ!!」
一瞬にして詰まる距離。丹羽寺は空街を間合いに捉える。しかし、不可視の壁が彼女の太刀筋を歪めて逸らした。
「なっ!?」
「半端な力だなあ。神の権限を不完全に再現した出来損ないの神器ごときで、神の代理人たる僕に勝てるとでも?」
再び空間が爆ぜる。今度は完全に虚を突かれ、丹羽寺は宙を舞った。
「かはっ……!」
「さあ、認めなよ。君たち史書局庁は、神の意思に背く冒涜者だ。だから、神の代理人たる僕ら『神の子』が粛清してあげよう」
「勝手なことを!!」
丹羽寺は、腰のホルダーから数枚の紙切れを取り出し、勢いよくばら撒いた。
「……札?」
怪訝そうに眉をひそめる空街。
直後、ぱちりと妙な感覚が彼に訪れる。
「
「ッ!?」
丹羽寺の
「そこっ!!」
一閃。丹羽寺の太刀筋が空街の左肩を薄く裂いた。肩を押さえてよろめく空街。丹羽寺は、さらに壁を蹴って肉薄する。そして、再び拳銃に手を掛ける。
パンッ!!
響いた銃声。しかし、空街はまだ立っている。そこに、丹羽寺は容赦なく刀を振り下ろした。この距離なら受けきれないのは実証済み。回避しようにも、この速度では困難を極める。彼女は、空街に告げる。
「終わりだ、異能犯!!」
その直後だった。
ふいに、丹羽寺の意識が薄れる。ぼやける視界。気付けば、彼女は遥か遠くに投げ出され、そのままコンクリートの床に叩きつけられた。
「ぐ……がっ……!」
「君、僕の異能を空間操作だと思ったでしょ。残念、違うんだ」
うずくまる丹羽寺に、空街はニィと唇を歪めて告げる。
「君はきっと優秀だ。にもかかわらず、何か焦っているね。その焦りが、君の強さの根源であり、敗因でもある」
「知ったような……口を……」
「分かるさ。僕は神の代理人。神になることを拒む愚者たちの狭量で下らない思考など、読めて当然だろう?」
「……っ」
「哀れな人の子よ。その苦しみをここで終わらせてあげよう」
空街は、丹羽寺に手を向けた。さっ、と空気が冷えるような感覚。彼女は悔しげに拳を握り、目を閉じた。その直後――
「その歳でそれはイタいわ、厨二病くん」
「――ッ!?」
横薙ぎに払われた脚が、空街の身体をくの字に折り、弾き飛ばす。どん、と鈍い音とともに、彼は構内の土産屋の棚に突っ込んだ。
一つ、ため息が聞こえる。
「まったく、警報AIも当てにならへんなぁ。どう考えてもコードA相当やろ」
「やっほー丹羽寺ちゃん。元気?」
彼はいつも通りのわざとらしい笑みで、ひらひらと丹羽寺に手を振った。
「室、長……!」
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