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 ◇ ◇ ◇


 部屋を出て、菘と一緒に千花さんの部屋がある二階に行く。千花さんの部屋は二〇二号室。『英雄刀』が飾ってある隣の部屋だ。


 部屋の前に来てドアをノックすれば思っていたよりも早く千花さんが出た。

 服装は朝に見たメイド服ではなく華やかな薄黄色のワンピース。


 わたしたちを見ると、

「あれ、雨城うじょう様に羽海はみ様どうされました?」

 と。


「はい。私たちは雉間さんの使いで千花さんとお話しに来たんです」


 事情聴取をお話しとは、ものは言い様ってことね。


 物腰丁寧な菘に千花さんはにこりと笑い、

「そうですか。では、部屋の中へどうぞ」

 と快く室内に招き入れてくれた。




 千花さんの部屋は実に女の子らしくよく片付いていた。部屋そのものはわたしたちと同じ客室。だけど部屋の所々には可愛らしい小物が置いてあり、見渡せば一人暮らし用の冷蔵庫や洗濯機までもが完備されている。うちのアホ探偵の物のない部屋と比べれば居心地はかなり良好よ。


 案内されたソファーに座り、ふと甘い香りがするなと思えば千花さんが紅茶を淹れて持って来ていた。テーブルにカップを三つ置いて、ところで、という風に言う。


「雉間様はご一緒でないのですか?」


「はい、雉間さんはとても忙しい方なので」


 菘は嘘吐きだ。実際は「とても」でもなければ「忙しく」もない。今頃雉間はカピバラさながらの満面の笑みで温泉に浸かっているわ。


 と、そんなことをわたしが思っていると、

「そうですか……」

 少しだけしょんぼりする千花さん。


 あれ? やっぱり千花さん、雉間と繋がりがあるの……?

 するとそこで遅まきながら菘が言う。


 千花さんの格好を見つつ、

「ところで千花さんのそのワンピースは部屋着でしょうか? とても可愛いですわ」


「ありがとうございます。実は美和さんと研司様からは『屋敷内は好きな服装でいい』と言われているのですが……。私より先に仕えている美和さんがいつも燕尾服の中、私だけがおしゃれをするのもなんだか申し訳なくて……。それで、自分の部屋だけならいいかなって」


 照れくさそうに微笑む。


「あまり人に見られるのは慣れてないので、ちょっぴり恥ずかしいんですけど」


「ふふっ、いいじゃないですか可愛いですよ」


「もう止めてください。照れるじゃないですか」


 愛でるように言った菘に千花さんはなしなしと手を振って否定した。その口調はいつもの堅苦しいものとは違い柔らかで楽しそう。

 なんだ。話してみると千花さんも普通の女の子なのね。


 はからずとも笑みをこぼしたわたしに、千花さんは言っていて気付いたのか咄嗟とっさに口元を手で隠した。


「あ、失礼しました。つい……」


「いいのよ、いいの。わたしと菘の前では別に敬語じゃなくても大丈夫だから。それに雉間の前でもね。あいつそういうこと全然気にしないから」


 そうわたしが言うと、次第に千花さんの表情は柔らかくなった。恥ずかしそうに頭を下げ、


「すみません。私、あまり同い年の人と話す機会がないもので……」


 同い年?

 一瞬、わたしと菘の視線が絡み合う。


 そうして千花さんは待っていたかのように微笑んだ。

「あの、実は私も十八歳なんです」


 その言葉に思わずわたしたちは声を大にした。


「ええっ、そうだったんですか!」

「何でもっと早く言わないのよ!」


「すみません……。昨日、広瀬様の年齢を聞いて私も言おうかなと思ったのですが、なんだか出しゃばるような気がして……」


「そんな、全然出しゃばるなんて思わないわよ。ねえ、菘?」


「はい、そうですよ」


 でも、流石に驚いたわ。まさかそこまで年齢が離れてはいないとは思っていたけど、この落ち着きのある千花さんもわたしたちと同い年なんて……。


 何の気なしに隣を見れば、ちっとも落ち着きなく菘はわたしの腕に抱き付いている。うーん……こうも違うとはね。

 わたしは言う。


「ところで千花さんって、いつからこの島にいるの?」


「はい。十五歳のときからです」


 打てば響くように返ってきた。

 それに調子付いたわたしが「どうして?」と訊こうと口を開きかけると、それよりも先に千花さんは言った。


「私、十歳のときに両親を交通事故で亡くしているんです」


「……」


 わたしは人知れず開きかけた口を閉じた。


「十歳で両親を亡くした私を助けてくれたのが研司様だったんです。研司様は父と母の学生時代の友人でして昔からよく家に遊びに来ていたんです。ふふ、でも当時は、まさかあの研司様が能都カンパニーの御曹司だとは思いもしませんでした」


「……」


 わたしは黙って千花さんの話を聞いていた。

 きっと千花さん、わたしが訊くことがわかっていて、それであえて自分から言い出したんだ。わたしに気を遣わせないために……。


 そんなわたしの心中を知ってか、千花さんは何でも無いことのように明るく話す。

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