8

 用意された浴衣に着替えて、わたしと菘は雉間との待ち合わせ場所に行く。


 待ち合わせ場所には既に雉間がいた。雉間は卓球台のそばにあるベンチでいかつい顔の久良さんと何やら談話中。それにしてもこの二人が並んでいるのを見るとどうも雉間がカツアゲをされているようにしか見えないから不思議だ。


 わたしが近付こうか近付かないかを天秤に掛けていると、先に久良さんがわたしたちに気付いて頭を下げた。


 それを見て雉間も、

「あ、結衣ちゃんに菘ちゃん!」

 と、こちらに向かって手を振ってくる。

 手を振られては無視もできない。


「こんにちは、久良さん」


 菘が笑顔で言うと、久良さんは「うむ」と顎を引いた。(何でこの人は無愛想ぶあいそうなのよ!)


「わーっ、二人とも可愛い浴衣! 結衣ちゃんも菘ちゃんも浴衣姿が似合ってるね」


「うふふっ。ありがとうございます、雉間さん」


 気分を良くしてか身をひるがえす菘。


「雉間さんも似合っていますよ」


 菘は笑って言ったけど、あいにく雉間の浴衣は襟元えりもと肌蹴はだけていてお世辞にも似合ってなどいない。しかしいくら雉間が服飾関係に無頓着むとんちゃくでもその着こなしは異常だ。


「どうしたのよ、雉間」


 わたしが着崩れた浴衣を見て言うと、

「あー、今ね、卓球をしていたんだよ。久良くんと」


 く、久良くん!? 雉間いつの間に久良さんと仲良くなったの!?


 自身を久良くんと呼ばれてか、久良さんはつまらなそうに頭をがしがしと掻いた。


「まあ、卓球は十一対〇で惜しくもぼくの負けだったんだけど、いやー、お風呂あがりの卓球も悪くないね」


 雉間は余裕の笑みを浮かべて言っているけど、十一対〇は全然惜しくないと思う。


「あ、そうだ結衣ちゃん!」


 ふと思い出したかのようにわたしを見る。


「ね、ね、聞いて聞いて。あのね、久良くんって面白いんだよ。結衣ちゃんも言っていたけど久良くんっていっつも怒っているように見えるでしょ? だけど久良くんってね、この顔が素なんだって! 面白いよね!」


 ふふふ、それじゃあ久良さんって素でいつもそんな顔なのね。それは面白いじゃないのよ……って! なんで今言うのよ、この無神経は!


 気付けば不意に破顔したわたしを久良さんがじろりと睨んでいた。


「しっ、雉間そんなこと言ったら失礼でしょぉっ」


 わたしが上ずりながらも声を出すと、久良さんはむっとした顔のまま手を振った。


「いや別に気にしてない、よく言われることだ。それにこの怒っているような顔も生まれつきだし今だってそうだ。怒ってないぞ」


 その言われに見れば……。

 微かにだけど口角が上がっているように見えなくもない。本人は笑顔のつもりなんだろうけどそれでも恐い顔ね。


「あー、それにね結衣ちゃん。実は久良くんって、こう見えてもまだ十九歳なんだって!」


「ええっ!?」


 十九歳って……、


「わたしたちの一つ上っ!? もっと歳上じゃないの!?」


 わたしは改めて目の前の久良さんを見た。落ち着きのある風貌と高身長、加えて無精ひげを生やした厳つい顔……。目を細めて見れば二十代後半くらいまでには見えるけど、これで十九歳だなんて、まるでキツネにでも化かされている気分だ。


「それにね、さっき聞いたんだけど、実は警察官って試験に合格してから一年間は寮生活をしながら警察官としての基礎を学ぶんだって。で、そのあとで派出所勤務をするから、去年高校を卒業して今年派出所勤務をしている久良くんって、警察官の中では一番若いらしいよ。ね、結衣ちゃんこのシステム知ってた?」


 興奮気味でどうでもいい知識を吹き込んでくる雉間に、わたしは適当に「そうね」と返した。


「それにしても……」


 菘が不思議そうに言う。


「警察の方ってなかなかお休みが取れないと聞きますが、今回久良さんよく三連休もお休みが取れましたね」


「ううむ。そうだな。確かに警察は忙しい」


 一度頷く。


「正直な話、今回の招待には参加するか迷ったんだ。だが、わざわざ郵送で『警察官としての話が聞きたい』と招待状まで出している。それもあの能都カンパニーの社長からだ。派出所勤務が始まって一ヶ月の俺ができる話なんて何もないが、せっかくお呼ばれしているのにふいにはできないだろ? だからお偉いさんに無理言って休みをもらったんだ」


「新米の警察官が休むとなると、それなりの口実がいりそうですが」


 菘が控えめにつっこむと、久良さんは太い腕を組んだ。


「ああ、それもそうだ。が、嘘を言っても仕方がない。だから正直に招待状を見せて休みをもらったんだ。招待状の相手が能都カンパニーの社長とわかれば話も早く進んだしな」


 いち警察官に休暇を与えるほどの権力を持つ能都カンパニー。まさか警察組織にまでその名を轟かせていたとは……。


「だが、しかしだ!」


 そこで久良さんは切るように言った。その声にはけんさえ混じっている。


「実際、そのもらった招待状が偽物だったとは帰ったら始末書を書くざまだ。呉須都とかいうしょうもない奴のせいでな!」


 しかめっ面でつまらなそうに吐き捨てる久良さん。


 始末書なんて黙っていれば書かなくてもいいのに、と思っていると、

「俺は正直で売っているからな」

 と。


 ふうん。

 久良さんって意外と素直な人なのね。

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