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「三つめの家宝はこちらでございます」


 二一二号室を出て研司さんに案内された二〇一号室は、研司さんの仕事部屋に行く手前にあった。仕事部屋は一階でいうところの食堂、二〇一号室は一〇一号室に位置していた。そして、二〇一号室にはドアがなく、廊下からは六畳の日本間と奥の壁に掛けてある一本の日本刀だけが見えた。


「あー、ドアはないんだね」


「ええ。この先は私の仕事部屋ですからここを通る度にコレが見えるよう、あえてドアをはずしているんです。防犯にも便利ですしね」


 研司さんは日本間の壁にかけられた日本刀を手に取った。その日本刀は傷一つない綺麗なさやに納められていた。


「この刀は戦国時代の物でして、武士であった私の先祖『能都研之介のとけんのすけ』が使っていた名刀でございます。これを腰に付けていくつもの戦で名を上げた英雄能都研之介から、この刀は『英雄刀』と名付けられました」


 ふうん。『英雄刀』とはまた随分とよいしょされたセンスのない名前だこと。それにいくらわたしが歴史学には精通してないとはいえ能都研之介なんて名前初めて聞いたわ。意外と有名なのかしら?

 わたしはちらっと菘と雉間の二人の顔を盗み見た。


 菘のあのポカンとした顔は……知らないわね。

 雉間はいつもと変わらない笑みを浮かべているけど……知っているわけないわね。


「ささ、どうぞ広瀬様。『英雄刀』を抜いてみてください」


 研司さんは鞘に納められた状態の『英雄刀』を広瀬さんに手渡した。


「……」


 すると一瞬、『英雄刀』を受け持った広瀬さんは何か物言いたげな顔になった。が、広瀬さんは何も言わず手に持った『英雄刀』を一度見回すと柄を掴み、そのままゆっくりと引き抜いた。それまで鞘に納まっていた『英雄刀』の刃が姿を現す。


「へえ、面白いね……」


 人知れず雉間がおかしそうに笑った。が、相手にしても仕方がないので無視をする。


 全貌ぜんぼうを見せた『英雄刀』の刃は鋭く、サビ一つない綺麗な白銀だった。銀色に輝き、澄んだ色の刃はまるで鏡のように辺りを映していた。加えて一切の摩耗も見せない刃はとても戦国時代の物には見えなかった。


「……」


 刀を抜いてもなお、広瀬さんの顔は腹に一物かかえたまま。無言で納刀する。


「どうですか?」


「ああ、はい。非常に良い刀だと思いますよ」


「ありがとうございます」


 にこりと笑い、研司さんは広瀬さんから『英雄刀』を受け取った。



 ◇ ◇ ◇



「もう疲れたぁ~」


 自室に戻って、わたしはベッドに倒れ込んだ。


「浮蓮館がこれほどまでに広い屋敷だなんて想定外よ」


「うふっ。そうですわね、結衣お姉さま!」


 あたかも当然のようにわたしの隣に寝転ぶ菘。

 わたしは浅くため息を吐いた。


「はぁ」


 あいにくだけど、この部屋に用意されたベッドは二つだけ。ベッドが二つだけとなれば当然片方のベッドは雉間が、残りのベッドはわたしと菘が使うこととなった。……ちなみに菘はこの結果に一切の不平不満もなく、今なおにやけているわ。まあ、元は探偵一人に助手一人を想定していたんだろうからベッドの数に文句は言えないけど。


 隣のベッドでは雉間が相変わらずな顔で呉須都さんからの予告状を眺めている。


「それにしても能都家の家宝、どれもすごかったですわね」


「あら、そうかしら。すごいと思えたのなんて金の象くらいよ。他の絵と刀に関しては正直リアクションに困る代物よ。本音を言っちゃえばあの象だって、わたしが今までに見た中で二番目にセンスがないわ」


 忍び笑いが聞こえてくる。


「くくくっ。センスかぁ、結衣ちゃんは面白いことを言うね」


 隣のベッドからは雉間の笑いを含んだ声がした。ワースト一位が自分の家の表札だとも知らずに幸せな奴よ。


「あー、ところでだけど結衣ちゃん。この予告状のことなんだけど、『ジュウニンノイケニエ』ってのはやっぱりぼくたち『十人』のことだよね? 住む人の『住人』じゃなくて」


「それはまあ、そうじゃないの? だって『住人の生贄』じゃ、住人に対しての供物くもつになっちゃうもの」


 わたしは指折り数える。


「ここに招待された、わたしに菘に雉間。それからカリンさんと白石さん、広瀬さんに久良さん。あとここに住む研司さんと美和さんと千花さんで、ぴったり十人じゃない」


「んー。それはそうなんだけど……」


 どうも歯切れの悪い雉間。


「ま、雉間が不安なのもわかるけど、あれならどの家宝も盗まれそうにないわよ。『絵』は鍵のかかった部屋の中だし、『象の黄金像』は二〇〇キロもあるって話だし誰にも動かせないわ。それに『英雄刀』だって部屋には鍵はおろかドアもないけど、あそこなら美和さんも千花さんも研司さんの仕事部屋に行く度に見るから、ある種で一番安全よね」


「んー。それもそうなんだけど……」


 またしても歯切れの悪い返答。

 雉間はいったい何を考えているの?


「あの、結衣お姉さま……」


「ん?」


 その声に視線を雉間から菘に移すと、菘は少し遠慮がちにこちらを上目使いで見ていた。先ほどから気付いてはいたけど、どうも菘、うずうずというのか、そわそわというのか、何だかお嬢様らしくないご様子。何か言いたいことでもあるのかしら?

 菘はわたしと目が合うと軽くうかがうようにして言った。


「あ、あの……結衣お姉さまお風呂に行きませんか。その、私と……」


「……」


 まるで異性をデートにでも誘うかのような口ぶりなのはわたしの気のせい。あまり考えないようにする。頬を伝う原因不明の汗は無視して、わたしは今できる精一杯の作り笑いを浮かべた。


「そ、そうね。夕飯までまだ時間もあるし行こうかしら」


「はい!」


 わたしは横で「結衣お姉さまとお風呂ぉ」と浮かれ気分の菘をよそに、雉間に訊く。


「で、あんたはどうするの?」


「ん、何が?」


「何がって、お風呂よ。だってここの鍵は今雉間が持っているのと、美和さんと研司さんが持ってる鍵束の三本しかないんでしょ。部屋に居るならいいけど、どこかに行っちゃうとわたしたちが部屋に入れないじゃない」


「あー、確かにそうだね。うん、結衣ちゃんと菘ちゃんが行くならぼくも行こうかな」


 雉間は予告状を閉じてベッドから起き上がった。

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