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◇ ◇ ◇
「これよりこのクルーザーは二時間かけて心霊島に向かいます」
ホールの中心でマイクを手にした美和さんが言った。
「それまでの間、皆様のご紹介も含めて
美和さんは慣れた感じで紹介を始める。
「まず、あちらにいらっしゃる方が
美和さんに紹介されて立ちあがる広瀬さん。広瀬さんは痩せた、背の高い針金みたいな男の人だ。銀縁の眼鏡とぴしっと着たスーツが決まっている。歳は知らないけど、大人しい今どきの若者って感じね。
「広瀬様は鑑定士をしておりまして、今回、能都家にある三つの家宝の鑑定にとお呼びしました」
美和さんの言葉に広瀬さんは、
「鑑定士といっても見習いですけどね」
って笑っていた。何となく悪い人ではなさそう。
「それから、そちらの席にいる方が
美和さんが次に紹介した久良さんはさっき窓から見た人だ。仏頂面で腕組みをしている久良さんは、先ほどからあごに生やした無精ひげを撫でるだけであまり表情を変えない。頭は角刈りで、どこか相手を萎縮させる空気さえ持っている。
「久良様は警察官でして、今回研司様は久良様の警察談を聞きたいとのことでお呼びになったそうです」
ふうん。久良さんって警察官なのね。道理であの体つきも納得だわ。でも久良さんの恐い顔ときたら……。
わたしは菘の耳元で囁いた。
「久良さんって、犯人の一人や二人は拳銃で撃ち殺してそうじゃない?」
「ふふっ。結衣お姉さま、それは言い得て妙ですわ」
久良さんは美和さんの紹介に困ったように頭をガシガシと掻いていた。
「えー、それから次に、あちらにいられる女性が
美和さんが紹介すると途端に、
「イエーイ!」
とカリンさんが立ち上がった。
カリンさんは桃色のパーカーにネルチェック柄のスカートを身に付けた、おしゃれな女の子。サイドで三つ編みにした髪を頭の上でカチューシャのようにさせていて、年齢はたぶんわたしたちとそう変わりないと思う。
「こら、止めなさいカリン!」
そしてそんなカリンさんの隣では男の人が注意をしている。短髪でどこか新卒社会人を連想させる、見るからに真面目そうな人だ。
「えー、カリン様は新人のアイドルでしてお隣の方はマネージャーの
愛美カリンという名前のアイドルに聞き憶えはないけれど、アイドルとして守るイメージがあるのか藤井さんはわたしたちに詫びるように頭を下げていた。
一応、小声で訊いてみる。
「それで、あの愛美カリンって有名人なの?」
「さあ? 私は存じ上げませんが」
そう菘は
というのも、菘の父親はとある有名小説家。それゆえに小説のドラマ化や映画化が決まると原作者の菘の父親はもちろん、菘もどこぞの会食に招かれるのだ。いわゆる、『今度あなた様の作中で使わせていただきます、うちのタレントの誰々です』というお披露目会に。そんなお披露目の場に何度も参加している菘は必然的に芸能界にも詳しいのだ。
「もーう、せっかくのアピールタイムだってのに何で邪魔するのよっ!」
「何がアピールタイムだ!」
そして、カリンさんの藤井さんに対する態度はアイドルとマネージャーの関係にしてはどうも仲睦まじげ。さっきだってカリンさんは藤井さんの横腹を突いてちょっかいを出していたし、何だか週刊誌にリークしたい気分よ。
やれやれアイドルがマネージャーといちゃついていいのかしら? と菘に目をやると、
「はい、結衣お姉さまっ!」
何を思ったのか見せつけるように抱きついてきた。
「……」
この子、わたしが
「えー、そしてあそこのソファーに座られている方が探偵の雉間様と、助手の雨城様と羽海様でございます」
みんなの視線を浴びて、それに応えるかのように座ったままの状態で手を振る雉間。
カリンさんが「よろしくね」と手を振り返してきたけど、すぐにマネージャーの白石さんに止められた。白石さん、苦労しているのね。
わたしと菘は雉間に代わって立ってお辞儀をした。
「研司様は雉間様に、ぜひ解いてほしい事件があるとのことでお呼びになったそうです」
招待状に書いてあったまんまのことを言う美和さん。
ふと、そこで思う。
研司さんはどうして雉間なんかに依頼をしたんだろう?
わたしはそれが多少変な質問だとは思いながらも訊いてみた。
「ところでどうして雉間なんかに依頼を?」
すると美和さんは何とも言えない顔で、
「いえ……、そのことについてはわたくしもわかりかねます。わたくしはただ本日の十時に陽和桟橋で皆様を迎いに行けと、手紙でそう言われただけですから……」
「手紙で?」
言ったのは雉間。
「ええ。三日前の朝、起きると寝室に置いてあったのです、この手紙と皆様がお泊りになる浮蓮館の部屋の鍵が五本。それでわたくしは手紙の通りにクルーザーを手配して皆様を迎えに来ただけなのです。だから研司様がどうして皆様を招待したとかは知りません。今だってわたくしはその手紙のままに進行しているだけですから」
「そうですか……」
気付けばみんな美和さんの話を真剣に聞いていた。どうやらみんなもなぜ自分が呼ばれたのかがわかっていないよう。
「えーっと……ゴホン。まあ、それはそれとして最後の方を紹介します」
意識的に声を明るくして、美和さんが言う。
「そしてあちらにいる方は――」
そのときだ。
美和さんの視線の先にいた人が、自分のことは紹介するなとでも言うようにホールを出て行こうとしたのだ。
驚いて美和さんが言う。
「あの、
呉須都と呼ばれたその人は身長二メートルくらいの大男。黒のサングラスにマスクを着け、手には黒の手袋をはめていた。そして頭には黒の中折れ帽を深く被り、おまけにこの時期にも関わらず黒のロングコートを羽織っているもんだから身体の線はまるで見えない。よって年齢も不明ね。
美和さんが出て行こうとする呉須都さんに駆け足で近付くと、呉須都さんは何かを耳打ちした。遠くにいるため話の内容までは聞こえないけど、二つほど言葉を交わすと呉須都さんはそのままホールを出て行った。
戻って来て美和さんが言う。
「呉須都様は船酔いがきついらしく、少し海風に当たってくるそうです」
ふうん。確かに五月であれだけの厚着をしていたら気分も悪くなるわ。それにしても何だか不気味な雰囲気ね、呉須都さんって。
雉間が訊く。
「ねえ、呉須都さんはどうして呼ばれたの?」
それに一瞬……ほんの一瞬だけ、美和さんが苦い顔をした。
「それが……。わたくしも先ほど呉須都様の招待状で確認したのですが、呉須都様は研司様のご友人らしく。研司様は呉須都様に家宝をお譲りしたいと、それで来てくれないかと書かれていました」
不思議な顔で言う美和さん。
呉須都さんはみんなと違って研司さんと知り合い。
それがまた不思議なのだ。
「ゴホン」
しかしそこは執事、気を取り直すかのように一度咳を払うと笑みを作った。
「では皆様の紹介も終わったことですし、次は研司様についてお話ししたいと思います」
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