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【招待状】
雉間快人 様
はじめまして。私は
早速ですが、わたくし能都研司には探偵の雉間様の協力の下解いていただきたい事件があります。事件の詳細につきましては直接お話ししたいと思いますので、雉間様には是非とも我が屋敷のある心霊島に来ていただきたいのです。日時は五月三日から六日までの二泊三日を予定しております。心霊島へはクルーザーを手配しておりますので
また、よろしければ雉間様の助手の方もご一緒にお越しください。
お待ちしています。
能都研司
これって……。
全員が手紙を読み終え、最初に声を上げたのは誰でもない雉間だった。
「やったぁ! 依頼だーっ!」
万歳をすると同時に持っていた手紙を高く真上に放り投げる。その喜びようはまるで新人賞に応募した小説が一次通過をしたときのよう……ってわたしの部屋で物を散らかさないで!
落ちて来た手紙を手に取る菘。
「心霊島……聞いたことありませんわ」
確かにそんな島わたしも初めて聞いたわ。
「それにここに書いてありますけど、雉間さんって助手の方はいるんですか?」
「ううん。助手なんていないよ。だってぼくには手伝ってもらう依頼がないからね」
そういえば「探偵事務所を初めて丸三年依頼がない」って、天音さんが言っていたわね。
わたしは皮肉を込めて言ってやる。
「あんた仕事もないのによく今まで生活できたわね」
「あー、そうだね。何もしなくてもぼくには家賃収入があるからね」
家賃収入――。
わたしは考える。
雉間荘の部屋は一階から三階まで、それぞれが十部屋ずつで全三十部屋。そのうち一部屋は雉間自身が住んでいるから残りは二十九部屋。一部屋につき家賃は一万円だから、月収は二十九万円。まあ、そうね。充分生活できるわね。
わたしはなんだか悲しくなってきた。
「じゃあ雉間さん、これが雉間さんの初めての依頼なんですね」
「うん。そうだよ」
嬉しそうに言う雉間に、
「でも……」
菘は訝しげに首を傾げてみせた。
「何だかこれ、変じゃないですか?」
菘同様、雉間も首を傾げる。
「変って何が?」
「だって探偵としての実績が何もない雉間さんを、普通わざわざクルーザーを使ってまで島に招待するでしょうか?」
「うーん、確かにそう言われたらそうだけど、ぼくが探偵である以上いつかは依頼も来るんだしそこまで不思議でもないよ」
雉間の回答に菘は「そうですかねえ」と呑気なことを言っている。
「まったく、あんたたちは。そんなことよりも今はわたしの家賃について……ああっ!」
そのとき、わたしは閃いた。
「そうよ、それよ! それにわたしもついて行くわ!」
「えっ?」
声まで揃えて同時にきょとんとする雉間と菘に、わたしは手紙を指差して言った。
「だから、わたしが雉間の助手になってあげるのよ! それに助手になった給料で雉間に家賃を払えば誰も文句ないじゃない!」
「えー、それはやだよ。せっかくのぼくの初めての依頼なんだよ。邪魔されたくないよ」
うっさい! ぶーぶー言うな!
駄々っ子のようにごねる雉間にわたしは言う。
「いいじゃないのよ。だって雉間には助手がいないんでしょ? 招待状には助手も来てねって書いてあるんだしちょうどいいじゃない。だから、ね、ね、いいでしょ? それに雉間、探偵のくせに助手の一人もいないなんて知られたら笑われるよ」
「……あー」
最後の言葉がよほど心に響いたのか、雉間は困るなあという感じで腕を組んだ。
「まあ……確かにそう言われればそうか。名探偵のぼくに助手がいないってのもおかしいね」
よし! 雉間はしっかりと『名』と『探偵』の間に『ばかり』を入れ忘れているけど、わたしは陰でガッツポーズをした。
「じゃあこれにて交渉成立ね」
明らかに不承不承で頭を掻く。
「あー、もう仕方ないなぁ」
……ふふふふふ。やった。やったわ! これで来月まではここに住んでいられる!
今にもスキップしたい気分のわたしに、一連の流れを見ていた菘が耳打ちしてきた。
「ちょっと何を考えているのですか結衣お姉さま。せっかくのゴールデンウィークに雉間さんと旅行だなんて」
「いいのよ、いいの。どうせわたしがバイトを始めたところですぐクビになるんだし。それならいっそのこと、このアンポンタン雉間にわたしを雇わせた方が賢明じゃない。それに楽しそうでしょ、心霊島なんて」
軽い気持ちで言ったわたしに菘は珍しくむきになって言ってきた。
「そんな結衣お姉さま、困りますわ! 私を差し置いて雉間さんと旅行に行くだなんて。それに雉間さんは殿方なのですよ。結衣お姉さまは私が守らないといけないのにぃっ!」
「守るって、あなたねぇ……」
「もう! 結衣お姉さまがそれなら……雉間さん!」
まっすぐ雉間を見る。
「私も連れて行ってください! 心霊島に!」
「えー」
すると、雉間はいささか困り顔になった。
「結衣ちゃんに続いて菘ちゃんも? それは困るよ。ただでさえ結衣ちゃんっていう邪魔が来るのに」
あーっ! お前今本音をこぼしたな!
わたしは菘の見えないところで雉間に蹴りを入れた。
「あの、ですけど雉間さん、助手が二人いた方が雉間さんも周りからは一目置かれるのではないでしょうか?」
なおも食い下がる菘。頑張る。
「それに招待状には『助手の方』としか書かれてありませんし、助手が一人とは限らないですよね? だから……ね、お願いです雉間さん! 私の分のお給料はいりませんので、どうか一緒に連れて行ってくださいっ!」
手を合わせ、可愛くねだるようにお願いする菘。
こういうとき、わたしは菘のお嬢様育ちがよく出ているなって思う。
「……」
しばし手を合わせる菘を見ていた雉間は、やがてしみじみとぼやいた。
「はあ……わかったよ。どうせなら菘ちゃんが最初に言ってくれたらよかったのに……」
だからわたしはもう一度雉間に蹴りを入れた。
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