〜心霊島からの招待状〜
【問2】ガラス越しに見えるアイスは何色かしら?
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【問2】ガラス越しに見えるアイスは何色かしら?
雉間荘に住み始めて早いもので一ヶ月が過ぎた。
初めは慣れない一人暮らしだったけど、雉間荘の人たちはみんないい人でわたしに安いスーパーや簡単に作れる料理を教えてくれたりと親切な人ばかり。そのおかげでひと月も経った今ではわたしもだいぶ一人暮らしに慣れてきた。
私生活はもちろん、キャンパスライフも言うまでもなく順調そのもの。自慢じゃないけどわたしの成績はそこそこ良い方で、高校時代には全国模試で一〇〇位までに入ったことがあるほどなの。だから勉強面でも何も問題はないわ。
……と。ここまでのところ、わたしは私生活も学業もすべてをスムーズにこなし、何一つ悩みのない生活を送っているようだけど悲しいことにそれは間違いなの。わたしは今、とても大きな問題に直面しているのだから。
それは…………。
いや、今それを考えたところで仕方ないわ。わたしはまだ若いんだし悩むだけ無駄よ。明日は明日の風が吹くとも言うのだから、きっと何とかなるはず!
それに、なんて言ったって明日からは大型連休。ゴールデンウィークよ! ゴールデンウィーク!
ゴールデンウィークならきっと……いや、絶対に何とかなるはずよ!
そう、何とかなる!
何とかなるのよ!
何とかなる……わよね?
◇ ◇ ◇
五月二日。
大学の講義が午前で終わり、わたしは大学近くのとあるハンバーガー屋さんで昼食ついでにアルバイト雑誌を広げていた。テーブルを挟んで真ん前には小動物のように両手でポテトを頬張る菘もいる。
さて。
なぜわたしが今、こうしてジャンクフード店でアルバイト雑誌なんかを広げているかというと、それを簡潔に説明するのにとてもぴったりな台詞がある。それは昨日、元アルバイト先であるファミレスの店長に言われた、ありがたいお言葉よ。
一言。
『君、明日から来なくていいから』
そう。
だからわたしは今、ハンバーガー屋さんでアルバイト雑誌を広げているのだ。普通の人がクビ宣告されようものなら、一夜明けてもショックでハンバーガーをかじることすらままならないだろうけどわたしは違う。なぜならわたしはこのひと月の間に合計四つものアルバイトをクビになり、体の中ではとっくにクビ宣告に対する抗体が出来上がっているのだ。
そしてこの抗体を持っていると不思議なことに昨日店長から言われた、『君、明日から来なくていいから』というショッキングな台詞だってわたしには、『またいつか。お元気で~』くらいにしか感じなかったわ。
(そういえばこのことを菘に話したら「結衣お姉さま、それ頭が麻痺していますの」っておかしなことを言っていたわね)
でもまあ、ヒトには生まれながらにして向き不向きがあるもの。そう考えるとわたしにはファミレスで働くという『向き』はなかったのね。あ、ちなみに昨日ファミレスをクビになった理由は、料理の味付けをわたし好みに変えたからよ。
お店名物の『ココナッツハンバーガー』を食べ終えて、わたしは広げたアルバイト雑誌の中の『レストラン』、『調理』、『厨房』の募集すべてにペンでバツ印を付けた。
「もう、結衣お姉さまったらそろそろ働くのをお止めになったらどうなんです?」
どうせ長くは続かないんだからとでも言いたげな菘。
「ダメよ。わたしはあなたと違ってそういうわけにもいかないの。自分の力だけで生きていくんだから」
菘はバイトなんかせずとも親の仕送りだけで十分過ぎるほどにぬくぬくと生活できるが、わたしは違う。完全に自給自足の生活なのだ。
それに……。
「それに菘、あなたこそ何で毎回わたしに付き合ってはバイト初めてはすぐに辞めちゃうのよ。昨日だって店長、あれほど菘には『辞めないでくれ』って泣いて土下座までしてたのに」
「ふふっ、いいんですよ。私は」
笑いを含んだ声。
「だって私はいつ何どきも、結衣お姉さまを見ていたいだけなのですから……」
「……」
わたしの脳内で『ストーカー』という単語が激しく点滅を繰り返した。
恐怖で何も言えずにいると、
「はぅ……」
悩ましげな声を出す。
「結衣お姉さまさえ一度頷けば、私が一生養ってあげますのに……」
「……」
無視よ! 無視!
わたしは話を切り替えるべく、広げたアルバイト雑誌に視線を落とした。
「ところで昨日クビになったファミレスの前にわたしが働いていたのって何だったかしら?」
「はい。その前はアイスクリーム屋さんでしたわ。エプロン姿の結衣お姉さまが素敵でしたわぁ……」
恍惚の表情をする菘は無視する。
「それで、そのときのわたしはどうしてクビに?」
「それは結衣お姉さまがいつまで経っても『ココア味』と『チョコレート味』と『キャラメル味』の見分けがつかなかったからじゃないですか」
「ああ、そうだったわ。アイスってガラス越しに見るとどれも同じ色に見えるのよね。それで最後の方は勘で選んでいたわ」
わたしは納得して、アルバイト雑誌の『販売』の募集すべてにバツ印を付けた。
くるりとペンを回す。
「で、その前は?」
「はい。その前は確か、学生塾の講師でしたわ。真面目に生徒と向き合う結衣お姉さまが素敵でしたわぁ……」
うっとりとする菘は無視する。
「で、そのときのわたしはどうしてクビに?」
「それは結衣お姉さまが問題のわからない中学生に、『あなたがわからないことが、わたしにはわからない!』と言って男の子を泣かせたからですよ」
「そういえばそんなこともあったわね。人に教えることは教わることの数倍難しいって言葉の意味を初めて理解したわ。あれって根気の話だったのね」
わたしは頷いて、アルバイト雑誌の『塾講師』の募集すべてにバツ印を付けた。
「で、あとは?」
「はい。あとはコンビニの店員もやっていましたわ、一日だけですけど。でも、あのときの結衣お姉さまは……」
「ちょっと待って、一日!? 一日って、わたし初日でクビになったの!?」
「ええ、そうですわ。二時間レジをして、どういうわけかレジのお金を空っぽにしたではありませんか。お客様にどんどんお金を渡す結衣お嬢さまのことは今でもそのコンビニで伝説として語り継がれているそうですよ。
「……」
思い返せば確かにそんなこともあったわね。それにどうりであそこのコンビニ、いつ行っても店員が目を合わせてくれないわけだ。
無言のまま、わたしはアルバイト雑誌の『接客』の募集すべてにバツ印を付けた。
その結果、アルバイト雑誌は全ページまっ黒になってしまった。
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