第35話

 今日最後のコマの授業が終わった瞬間、小林が振り向いた。


「ね、高橋。ペンケースが壊れた。買いに行きたい」


「行ってきなよ……」


「や、これは『一緒に行こう』の意味」


「あ……そういうこと……」


「ん。そうだよ。『月が綺麗ですね』が『I love you』なら、『ペンケースが壊れた』は『一緒に買い物に行こう』だよ」


 小林が妙に素直かつ積極的なので面食らう。


「な、なるほど……ちなみにさ、小林」


「ん。何?」


「誰かと一緒に夜歩いていて、本当に月が綺麗だと思ったらなんて言えばいいんだろうね。『月が綺麗』って感想を言っただけなのに変に勘違いされそうじゃない?」


「や、それは確かに……」


 小林は真剣に悩むように顎に手を当てて考え込む。やがて答えが出たのか、ポンと手をたたいた。


「『おつきさま、きれー!』って馬鹿っぽく言えば?」


「じゃ、本当にただペンケースが壊れたことを伝えたい時は?」


「『ふでばこ、こわれちゃった!』だよ」


「なるほどね」


「で、行くの? 私のペンケースは壊れたままだよ」


 小林がジト目で尋ねてくる。


「い……行きます」


「ん。よろしい」


 小林はにやりと笑い、前を向いて片付けを始めた。


 ◆


 ペンケースを新調してホクホク顔の小林と文房具店に入っている商業施設をウロウロしていると、クレーンゲームに特化したゲームセンターが目についた。


 入り口近くの筐体には目玉商品と思しき大きなぬいぐるみが置かれている。それを取ろうとしている男子高校生三人組を小林はじっと見つめている。


「やってみる?」


「や、いいよいいよ。クレーンゲームは好きじゃないんだ、昔から」


「そうなの?」


「ん。テクニックがない人にとって、所詮は確率機だし。機械の都合でアームを緩められて、その度に自分は特別じゃないってことを実感するんだ」


「さ、冷めてる……」


「ま、そういうもんじゃん?」


 男子高校生達が取れないため諦めて立ち去っていくのを見て小林がほれ見たことか、といいたげに肩を竦める。


「今、やってみたら案外取れるかもよ」


「ん……確かに。ね、高橋、試してみる?」


「運試し?」


「や、私達の主人公力」


「主人公力?」


「そ。私が1回やってみて取れたら私は主人公。私が取れなかったとしても、高橋が取れたら私はヒロインだ」


「あー……まぁ確かに。主人公の方が取れるって展開だよね」


「そういうこと」


 小林は財布を見て小銭の数を確認しながら前に出る。


「二人ともとれなかったら?」


 隣を歩きながら小林に尋ねると、俺の方を向いてニヤリと笑いながら「モブ」と答えた。


 小林はそのまま百円玉を三枚機械に投入してクレーンをレバーで操作しだした。


 ピロリンと音が鳴りながらクレーンが降りていき、景品のぬいぐるみを掴む。


 一度掴みかけたかに思えたが、ポロンとアームの隙間からぬいぐるみが落ちていった。


 小林は無表情なまま振り向いて「主人公失格だ」と言う。


「ま、俺に任せといてよ」


 ここで取れたら格好いいぞ、自分、と言い聞かせながら百円玉を投入。


 機械の横からも覗き込んでクレーンの位置を調整。ぬいぐるみに完全にあったところでクレーンを降ろすとガッチリとぬいぐるみを掴み、ぬいぐるみが浮き上がった。


「ほらね。ヒロインだ」


 俺がドヤ顔でそう言うも、クレーンが上がりきった衝撃に耐えきれなかったぬいぐるみが隙間からこぼれ落ちるように落下。


 それを見た小林はニヤリと笑って「モブ」と言ってきた。


「かっ……確率の問題だよ!」


 ドヤ顔をしていた手前、恥ずかしくなりそう言うと小林も頷いた。


「ん。だから、モブは確率を引けない。賭けに勝てない。確率の勝負って分かってるのにね」


 そう言う小林は本当は取れて欲しかったと言いたげに唇を噛んだ。


「こっ、小林! 最後にもう1回だけ。2人でやってみようよ」


 俺の提案に小林はじっと機械の中でうつぶせになっているぬいぐるみを見つめながら考えている。


「ん。いいよ」


 百円玉を入れて再挑戦。小林がレバーを持って操作を始める。


 俺が筐体の横に回り込んで位置を確認していると、小林は手招きして俺に隣に来いと伝えてきた。


「ここで見てるよ」


「や、取れる時はそんなの関係なく取れるよ」


 小林はそう言って操作を止める。仕方なく隣に行くと、小林は俺の手を掴んでレバーを握っている自分の手に重ねさせた。


「これで、2人で取ってるってことになる」


 小林はそう言って位置を調整し、ボタンを押す。


 クレーンは少しズレている気がするのだが、がっしりとぬいぐるみをつかみ持ち上げた。


 そのまま落とすことなく出口まで運び、アームを開いてぬいぐるみを落とす。


「……取れた」


 小林が目を見開いて俺を見てくる。


「俺達の前にたくさんの人がお金を入れたからだよ」


「や、高橋。ここは素直に喜ぼ」


 小林はしゃがんでぬいぐるみを取り出し、大事そうに抱きかかえる。


「この場合は……私たちは主人公でもヒロインでもモブでもない……?」


「小林と高橋でしょ」


「や、固有名詞なら十分かな」


 小林はニヤリと笑ってグーの形で手を差し出してくる。


 俺もそれに応えるようにグーの手を出して小林とグータッチをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る